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これが国だと!? シーランド公国/Wikipediaより引用




イギリス その日、歴史が動いた

シーランド公国がアホすぎてホッコリ♪ 世界で唯一のギャグ国家はこうして生まれた

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「独立」というのは、なんとなく良いイメージのある言葉ですよね。
個人であれば親から、国家であれば植民地から。しかし、独り立ちしたからといってすぐにうまくいくわけでもありませんし、そもそもその判断自体が誤りだったとか、中には「それ以前」の問題だったりするケースもあります。
今回はそんな感じの、笑えるのか笑えないのかビミョーなお話です。

1967年(昭和四十二年)9月2日、シーランド公国が独立を宣言しました。

最近はバラエティー番組等でも取り上げられるようになってきて、かなり知名度が上がりましたね。
しかし、独立(仮)の経緯についてはあまり触れられることがないような気がします。なぜ「(仮)」なのかは下のほうで。

 

国土面積は100坪にも届かない だって要塞なんだもの

シーランドは、もともと島でも国でもありません。

要塞です。

TOP画像に掲載された写真がそうで、国としてはムチャクチャ小さい。国土面積は207平方メートルで100坪にも全然届きませんので、バチカンどころじゃありません。

ここは第二次世界大戦中、ブリテン島沿岸の一帯にイギリスが作った沿岸防衛拠点の一つでした。複数あったため、まとめて「マンセル要塞」と呼ばれていたものです。

現在「シーランド公国」を名乗っているのは、その中で最も北にあったものです。

イギリス沖10kmの場所にあるのですが、小さすぎるせいか、グーグルカーが上陸できなさそうだからか、グーグルマップにも表示されませんね。位置的にはロンドンから東へ50~60kmといった感じです。

シーランド公国の位置 map by Chris 73 /Wikipediaより引用

二本の柱の上に居住区や砲台が設けられ、戦時中は150~300人くらいの海軍兵が駐在していました。

しかし、戦争が終わると一気に使われなくなり、20年以上放置されます。

そもそも作られた目的がフランス占領中のナチス・ドイツ軍対策ですから、敵がいなくなってしまえば無用の長物。再利用するには小さすぎますし、処分する費用ももったいないですよね。戦後のイギリスは福祉政策や事業の国有化などで多額の費用を使っていましたから、役に立たない上に巨大なゴミを処分する余裕はなかったでしょうし。

そこに目をつけたのが、元イギリス陸軍出身のパディ・ロイ・ベーツという人でした。

 

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海賊放送を楽しみながら突如の独立宣言

ベーツは戦後、漁師として生計を立てておりました。
そして1965年、マンセル要塞で海賊放送をやっていた人たちがいたことに目をつけ、彼らを追い出し、自分も海賊放送を始めます。

しかし、イギリスの放送法違反で訴えられて100ポンドの支払い命令を受け、その後もしばらく続けていたようですが、資金不足で中断せざるを得なくなります。
そこまでして海賊放送を続けた意義がわかりません。シーランドの謎・その1です。

ベーツはイギリス領海の外にある別の要塞に移動しました。
が、相変わらず資金問題は解決されないばかりか、イギリスが1967年、海洋放送法で「マンセル要塞からのラジオ放送禁止」を定めたことで海賊放送はできなくなりました。

それから一ヶ月も経たないうちに、ベーツは突如行動に出ます。
自ら「ロイ・ベーツ公」と名乗り、占領した要塞でイギリスからの独立を宣言したのです。

そしてこの要塞を「シーランド」と呼び始めて、何をどうしたらそういう発想になるんですかね……。謎その2。

実は日本にも、マンセル要塞と似たような場所が東京湾の内側に数カ所あり、以前は釣りの名所として渡ることができました(一ヶ所だけ現在も上陸可能)ので、ベーツと似たようなことを考えた人がいなくて何よりでした。
あるいは我々が知らないだけで、「独立しようとしたけどしょっぴかれた」んですかね。警察と海上保安庁の方々お疲れ様です。

 

英国海軍を領海侵犯で警告射撃→タイーホ、そりゃそうだ

それからも、ベーツとその家族の行動は謎を極めます。

1968年、別の海賊放送者がシーランドを占拠しようとしたとき、ベーツは火炎瓶と拳銃で応戦しました。
当然、物騒な騒ぎを聞きつけたイギリス海軍がやってきますが、ベーツの息子であるマイケルが「シーランドへの領海侵犯」として海軍へ警告射撃、親子ともに逮捕されます。って、そりゃそうだ。

しかし、裁判では「シーランドはイギリスの領海外」&「今まで領有権を主張していなかった」ため、イギリス司法の管轄外で起きた騒動だとして、ベーツ親子は釈放されました。
別の国との騒ぎであれば国際問題になったのでしょうけれども、シーランドはそもそも国として認められていないので、こういう判決が出たようです。

これに対し、ベーツは「イギリスがシーランドの主権を認めた!」と主張。
1975年に憲法や国旗・国歌を制定して、独立国家としての体裁を整えていきます。

その後、ドイツ人投資家を招いたらクーデターを起こされかけたり、発電機の老朽によって“国土”の半分が焼けたり……すったもんだを経て現在に至ります。

 

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結局、イギリス国内で暮らしてるんかーい!!!

ロイ・ベーツは高齢のためアルツハイマー型認知症になった後、イギリスのリー・オン・シーという町で2012年に亡くなりました。

その後マイケルが二代めのシーランド大公を継いだことになっていますが、父同様イギリス国内で暮らしているとか。
ほんと、親子揃って何がしたいのかよくわかりません(´・ω・`)

息子のマイケル・ベーツさん/Wikipediaより引用

そもそも島の定義が「自然に形成された陸地であること」なので、人工物であるシーランド(の元になった要塞)は国にはなれません。

これは勝手な想像ですが、トーチャンが頑なに国を作りたがった上、世界中に「爵位」や「騎士団」の加入権を売ってしまったため、今のシーランド公もうかつに「(自称)国やめます」と言えないんですかね。
皆ギャグで買ってるんでしょうし、実害はほとんどないと思われますが。

三代めに代替わりする頃、その辺を含めてまた世間の話題に上るかもしれませんね。

長月 七紀・記




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参考:シーランド公国/Wikipedia パディ・ロイ・ベーツ/Wikipedia

 





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