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【魏忠賢】
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最悪のカップル、大暴れ
二人は権力を握るためならば、手段を選びませんでした。
客氏は自らの権勢に悪影響を与える可能性がある、天啓帝の妃たちを徹底して弾圧。
彼女たちは妊娠すれば流産させられるか、殺害されました。
性格が剛直だった張裕妃は、このカップルと真っ向対立しました。
そしてアッサリと敗北。
彼女は妃の称号を奪われ、幽閉されると一切の飲食物を絶たれます。
雨水すらすするような悲惨な状況に捨て置かれ、僅か18才で絶命。陰湿そのもののカップルは、皇帝の妃にまでなったこの女性を宮女として葬ります。
この一件からもわかるように、二人は悪とゲスの極みであり、逆らうことは死すら意味しました。
寵愛する妃が殺されても天啓帝が黙っていたのか?
残念ながら、そういう帝でした。
趣味の木工にかまけて、客氏に甘えられればそれでいい――そんなボンボン皇帝だったのです。
体が大きな子供と申しましょうか。
魏忠賢は天啓帝が工作遊びをしていると、政務について聞きに行きました。
すると天啓帝は鬱陶しがり、中身も見ないで「よきにはからえ」と投げっぱなしにしてしまうのです。
まさに思う壺。
チンピラあがりの魏忠賢は、読み書きができませんでした。
しかし記憶力は抜群で、自分を侮辱した者のことは覚えていて、倍返しすることを常としました。
宮中には魏忠賢に媚を売る者ばかりでしたが、気骨ある人々は反勢力を組みます。
中でも錚々たる面々が揃っていたのが「東林党」でした。
後漢の清流派と宦官の対決もそうですが、どうもこうした【エリートの士大夫vs宦官】の戦いというのは、凄惨極まりないものになります。
仁義なき抗争となるのです。
「お高くとまったエリート野郎が!」
「学も徳もないくせに、去勢しただけで政治の実権を握るとはけしからん!」
蔑みや劣等感がいりまじったこの抗争は、おそろしい事態をもたらします。
東林派は徹底した弾圧で息の根を止められたばかりか、構成員は自殺に追い込まれたり、激しい拷問の末に落命します
明は、文化や思想が発展した実り多い時代でした。
しかしその果実は、腐敗しきった政治の中、無残に踏み散らされてもいるのです。
魏忠賢は、迫害のために東廠(とうしょう)、錦衣衛(きんいえい)といったスパイ機関もフル稼働させました。
ついうっかり酒の席で政府批判をしただけで、たちまち逮捕。
そんな恐るべき時代が到来したのです。
皇帝万歳、ならばこちらは九千九百歳
ゲス悪カップルの悪行の数々は止まりません。
なんせ天啓帝が船遊びした時は、このカップルは皇帝をさしおいて豪華な船でクルージングを楽しんでいたのです。
天啓帝は小さな舟に、宦官二人をお供にして乗り込むだけ。
嵐が来るとカップルの船はびくともしないのに、天啓帝の小舟は転覆してしまいました。
あと一歩で彼は溺死するところであったのです。
二人からすれば、例えば三国志に登場する十常侍なんてかわいいもの。
十常侍は自分たちの超豪華な屋敷が霊帝に見えないようにする、その程度の“慎み”はありましたからね。
十常侍や梁冀らに食い潰された後漢~だから宦官や外戚は嫌われる
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魏忠賢におもねる人々は、次第に個人崇拝に走りました。
神として彼を祀り、彼の豪華な行列が通りかかると「九千歳!」と叫んだのです。
皇帝は「万歳」であるからということ。
これはのちに「九千九百歳!」にまでランクアップしました。
「しょーもなっ!」とツッコミを入れたくなりますが、いくら隆盛を極めたってそんな権力というのは儚いもの。
この腐れ乳母と宦官は、しょせんは皇帝の権威にへばりついたコバンザメなわけです。
天啓帝が崩御すれば、後はローリングストーンズ。
異母弟の崇禎帝が即位すると、魏忠賢は処刑を恐れて自殺、客氏も撲殺されました。
かくして悪が滅びてめでたしめでたし……とはならないのが腐敗王朝の恐ろしいところです。
天啓帝が木工で遊び、ゲスカップルが贅沢三昧していた頃、満州族のヌルハチは確実に力をたくわえていました。
崇禎帝は対抗しようと努力したものの、シロアリのような悪カップルにズタズタにされた屋台骨を戻すことはできず、明朝は滅亡を迎えます。
士大夫を死においやり、政治機構を麻痺させてしまう宦官。
その悪事の数々は、中国史において暗い輝きを放っているのです。
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【参考文献】
井波律子『酒池肉林 中国の贅沢三昧 (講談社学術文庫)』(→amazon)