1745年(日本では江戸時代・延享二年)2月18日は、後に【電圧=ボルト】の語源となる、アレッサンドロ・ボルタが誕生した日です。
ボルタは、イタリアのコモという町に生まれました。
スイスとの国境にある町で、古代ローマの時代から存在する由緒ある町です。ミラノからも近いですし、別荘地としても有名ですね。
ボルタの前半生のことはあまりはっきりしていないのですが、29歳のときには物理学の教授になっていたようなので、おそらく若い頃から頭が良かったのでしょう。
よほど研究に打ち込んでいたとみえて、結婚は49歳と遅めでした。
その割に三人の子供に恵まれているので、夫婦仲もうまくいっていたようです。リア充爆発して!
ともかく、ボルタの電気や電池に関する研究について見ていきましょう。
身近なところで言うと、小学校の理科でやるレモン電池
ほぼ同時期の物理学者に、ルイージ・ガルヴァーニという人がいます。
ガルヴァーニはカエルのスープを作るためにメスを入れた際、足の中に電気が発生することを発見、「動物電気」と名づけて「カエルの足は電気を蓄えている」と考えていました。
このことからボルタは「カエルの足は電気を伝えることができるというのはわかるが、電気がそこに蓄えられているというのは本当だろうか」と考え、反証するための実験を行いました。
まずは、カエルの足以外に電気を伝えることができる物体を探します。
そして、食塩水に浸した紙も同じく電気を伝えることを発見。「電気を伝える物質」=「電解質」ですね。
さらに「カエルの足や濡れた紙以外でも、電解質を挟んで二種類の金属を使うと電圧が起きる」「電気を発生させるのは金属である」ことも解明。
「ボルタ電池」と呼ばれる原始的な電池の発明に至るのでした。
身近なところで言うと、小学校の理科でやるレモン電池です。って、最近はやりませんかね?
実は、ボルタ電池は発明から40年程度で日本に紹介されています。
宇田川榕菴(ようあん)という蘭学者が「舎密開宗(せいみかいそう)」という著書の中で、ボルタ電池についての解説を図入りで著しました。
近代デジタルライブラリーだとより詳しく見られます。
見出しにボルタの名や「アルカリ」という単語が出ているのを確認することができますよ。
紀元前に作られた(?)バグダッド電池が先だと!?
かくして電池の発明者、そして電圧の単位として名を残すことになったボルタ。
が、実はそれよりもずっと以前に電池らしきものが作られていた……かもしれないという説があります。
「バグダッド電池」と仮称されている、壺を使ったものです。
構造としては、高さ10cm・直径3cm程度の壺の中に、銅の筒が固定されています。
銅の筒の中には鉄の棒が差し込まれており、何かしら液体が入れられていた痕跡があるそうです。
この複製品で酢やワインなど、壺が作られた時代に存在していた液体を入れてみたところ、電圧が発生したために「電池ではないか?」という説が出てきました。
しかし、密閉すると電池として機能しなくなってしまうこと、同じ形状の他の壺にパピルスの繊維が入っていたことから、「電池じゃないっしょwww」(超訳)という説のほうが有力です。
こちらの説では、「銅の筒と鉄の棒は、それぞれ巻物の保護や芯材に使われた」とされています。
しかし、それならわざわざ別の金属を用いる必要がないような気もしますね。
当時鉄や銅にそれぞれ深い意味があったのかもしれませんが。
電池だったとしても何に使っていたのかサッパリわからないので、今のところは「古代の電池だったら面白いよね」程度の存在ですけれど、そのうち新しい発見がある……かもしれません。
長月 七紀・記
【参考】
アレッサンドロ・ボルタ/wikipedia
バグダッド電池/wikipedia