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【黒人奴隷】
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数年を経ても、フリントはリンダへの執着を捨てませんでした。
リンダは自分自身だけではなく、サンズとの間に産まれた二子を悲惨な境遇から救うことも考えねばなりません。
外部と連絡を取りながら、逃亡計画を練り、北部へと密航することにしたのです。
ともかく自分だけでも先に自由の身となり、我が子を呼び寄せる計画でした。
リンダは自由に戸惑いながら、ふらつく脚で波止場を目指し、北へと逃れます。
フリントとその家族の執拗な追及はそれでも続き、リンダは自由を手にするまで苦闘を続けることになります。
奴隷を財産とみなすフリントの一族は、実にニューヨークまで逃れたリンダを取り戻そうとする執念。
リンダは、新しく雇用主になった親切心によってようやく本物の自由を得て、苦難の物語は終わりを告げたのでした。
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どうせ知識層の白人が書いたんだろ……という思い込み
作中のリンダとは、実際は筆者・ハリエットのことでした。
フリントを始めとした登場人物名は変えられています。
が、作中の事件は、ほぼ筆者本人の経験に基づくもので、発売されたのは1861年。
南北戦争開戦の年という象徴的な時代に、自費出版で上梓されたのです。
奴隷制度の過酷な真実を告発した書物は貴重であり、発売当初は話題を呼びました。
にも関わらず、南北戦争という巨大な騒乱に飲み込まれて本書は次第に忘れられてしまいます。
また、読者たちは、このノンフィクションを、白人の知識人が書いた小説であるとみなしました。
奴隷出身の黒人女性が、こうも理路整然とした文章を書けるとは思われなかったのです。
例えば、『アンクルトムの小屋』の著者であり、奴隷制度反対論者であったハリエット・ビーチャー・ストウあたりが書いたのだろう……そんな風に考えておりました。
なんせ本書の内容は、北部の人々の理解を超えていました。
南部の過酷な奴隷制度。性暴力が横行する内容は、真実と認めるにはあまりに衝撃的だったのです。
「こんな酷いことは現実のはずがない。小説なんだ。酷い目にあったリンダという少女はそもそも存在しない」
そう思ったほうが、心落ち着いたのでしょう。
かくして本書は長い歳月の中で「作者不明のフィクション」として扱われ、やがて人々の記憶から消えてゆきました。
リンダとハリエットは文体が一致してないか!?
この一冊が再び注目されるのは、アメリカで女性の人権に関する運動が盛り上がっていた1970年代から80年代にかけて。
歴史学者のJ・F・イエリンが1987年、本書と同じ文体の手紙を見つけます。
「リンダ・ブレントと、この手紙のハリエット・アン・ジェイコブスは文体が一致するのではないか……」
イエリンが調べたところ、文体だけではなく二人の経歴も一致しました。
長い歳月を経て、ようやく「リンダ・ブレント」の正体が明らかになったのです。
発表からおよそ一世紀。
やっと本書は真実なのだと認定され、筆者の告発が受け入れられました。
白人の書いたフィクションとみなされていた本書は、黒人女性によるノンフィクションとして読まれるようになったのです。
アメリカでは今、150年前と同じような対立が甦っています。
著者のような過酷な環境で働き続ける人もいます。
ニュースだけではなかなか感じ取れない、アメリカ史の深い傷を現代に伝えるリンダの苦しみ。
「今、読まずにどうするか」というぐらい、国際情勢にピッタリな一冊だと思います。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
ハリエット・アン・ジェイコブズ/堀越ゆき 『ある奴隷少女に起こった出来事(大和書房)』(→amazon)