20万部超の呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)ベストセラーとなった理由を因数分解レビュー

2016年10月からわずか半年で23万部のベストセラーとなったのが呉座勇一『応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)だ。
歴史本では近年にないうれしいニュースである。正直、村上春樹の『騎士団長殺し』よりも話題なのではないだろうか。
いったい本書はなぜそれほどの人気になったのかを、読みながら分析してみた。

著者の呉座勇一氏は1980年生まれの若手の中世史研究家(国際日本文化研究センター助教)であり、SNSなどでも人気がある次世代の研究者だ。

京都で起きたのに観測地点を奈良に

まず応仁の乱(1467~77年)は、名前はメジャーであることがあげられる。だが中身についてはマイナーである。ざっくり知られているのは「室町幕府が衰退し、戦国時代のきっかけになった戦争」ということくらいだろう。
そもそも誰がなんの目的で戦ったのかもよく知られていない。
むろん、東軍は細川勝元、西軍は山名宗全と、「だれが」についてはわかっている。(もっとも彼らの名前も関ヶ原の合戦の徳川家康と石田三成ほどには知られていないのだが)
しかし、「なんの目的で」というと専門家でも「よくわからない」のが実情だった。
開戦に至った目的はあるが、なぞそれが11年にもわたる長い戦いになり、全国に波及したのかが「よくわからない」のだ。

そんな状況のために、日本史での有力な大事件で名前はしっているのに、中身はわからないという読者のニーズが、近年の戦国ブームと相まってふくらんでいたのだろう。

では、中身ではどんな仕掛けが読者の心をつかんだのだろうか?

本書の特長は、大きく2つあると見る。

1)複雑な事件だけに、色々な視点を混ぜるとよりわけがわからなくなるので、奈良の僧侶2人の日記を軸にしている。

当事者ではなく、第三者的な見方であることで、読者も視点の置き場を設定しやすい。

2)もう一つは、応仁の乱の全体の構図を、より知名度と理解度の高い「第1次世界大戦」に似せて描くことで、理解度を高めている。

応仁の乱は第一次世界大戦?

これに加えてさまざまな「比喩」は本書の所々に盛り込まれているのも特長だ。ややこしくて離れそうな部分で一般の読者の心を取り戻すという著者のたくみな文章力が光る。

たとえば本文のはじまりである第1章の冒頭はこうだ。

奈良というと、何を思い浮かべるだろうか。「鹿」という人もいるかもしれないが、東大寺の大仏を真っ先に想起する人が多いのではないだろうか。しかしながら中世においては、奈良とは興福寺のことであった。

いきなり身近な鹿を出してきて、さらには「東大寺でなくて興福寺」という、へぇという要素も冒頭に一文に盛り込んでいる。
はじめには「応仁の乱の研究史」という堅いテーマなのだが、大河ドラマの話を盛り込むなどして非常に読みやすくしあげている。
本文が進むとさすがに、そこまでのサービス精神はなくなっていくが、それでも途中途中で「中華人民共和国の国連加盟問題のようなもので、たいへんな難題であった」(49ページ)
「酒の飲み過ぎが原因かもしれない」(237ページ)
そのほか「日野兄妹のアシスト」や「メッセージ」など、現代的な言葉をふんだんに使っている。

なにしろ、登場人物が難解きわまるのだから、著者のこうした工夫と親切心が読者の安心感を高めているのだろう。

肝心の中身であるが、先にふれたように「第1次世界大戦」という大きな枠組みを頭に入れて読むことで非常にわかりやすく理解できた。
ただ、この「第1次世界史観」は、はじめにではなく「あとがき」にあるので、多読家のなかに一定数いる最初に「はじめに」と「あとがき」を読むタイプの人にはよいが、最初から通読する読者には、分かりにくいかもしれない。

あとがきから長いが引用させていただく

第一次世界大戦は様々な要因が絡み合って生じた戦争だが、一言で述べるならば、新興の帝国であるドイツが、覇権国家イギリスを中心とする国際秩序に挑戦した戦争であろう。だがサラエボ事件を受けてオーストリア支持を打ち出し、セルビアへの開戦を促したドイツにしても、セルビアを支持するロシアやフランスとの全面戦争を最初から望んでいたわけではなく、ましてイギリスとの激突など想定していなかった。(略)応仁の乱も、新興勢力たる山名氏が覇権勢力たる細川氏を中心とした幕府秩序に挑戦した戦争という性格を持つ。だが山名宗全が最初から細川勝元と全面戦争を望んだわけではなく、畠山義就と政長との間の局地戦である御霊合戦に軍事介入し、義就を勝たせるという以上の目標を持っていなかった。(285ページ)

という具合である。
サラエボ事件がひきがねで第1次世界大戦になったように、京都のご近所同士のけんかが応仁の乱となったように、人間が理性の面でそれほど進化しておらず「歴史はくり返す」ならば、クアラルンプールの暗殺事件が第3次世界大戦になってもおかしくないと暗示させるような読後感すら持った。

本人は「シン・ゴジラ」に似ているからとの解説

一方、売れた理由について、著者の呉座さんは週刊ポスト(2017年3月10日号)のインタビューで「登場人物がみんな慌てふためいていて格好悪いという、映画『シン・ゴジラ』の前半部分のような話が、英雄の活躍物語よりリアルに感じてもらえたのでしょうか」と答えている。これも納得の理由である。

シン・ゴジラならば後半のはみだしものたちの活躍が鑑賞者をワクワクさせるのだが、果たして呉座さんは、はみだしものたちの爽快な戦国史も続編などで描いてくれるのだろうか。今から楽しみである。

間違いなく、歴史ファンなら押さえておきたい一冊である。

恵美嘉樹(歴史作家)・文


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