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その日、歴史が動いた

こんなにたくさんある!ナポレオンの死因4つの説 【その日、歴史が動いた】

更新日:

ネタ帳を見ていて思ったんですけども、なぜか新暦旧暦問わず5月って特に有名な人に関する出来事が多いんですよね。
北半球では多くの国で気候が良い時期なので、いろいろやりやすかったからかもしれませんが不思議なものです。
本日も世界史における超有名人のお話をしたいと思います。
1821年(文政四年)の5月5日、ナポレオン・ボナパルトが亡くなりました。

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大陸で覇を唱えた男は島で生まれ 島で死す

彼の人生というか戦歴・逸話について語るとキリがないのですが、出生地と終焉の地に着目してみるとちょっと興味深い事実がわかります。
イタリア・コルシカ島に生まれ、大陸で覇を唱えたナポレオンが最期を迎えたのは、セントヘレナ島という絶海の孤島なのです。
セントヘレナ=聖へレナとはコンスタンティヌス1世の母親のことで、キリスト教の聖女の一人。何となくキレイな想像をしてしまいますが、場所が場所ですからヨーロッパに生まれ育ったナポレオンにとって、暑さと湿気で地獄にも等しい所だったことは想像に難くありません。
セントヘレナ島はイギリスの二番目に古い植民地ということなので、決してただの流刑地ではないんですけどね。ちなみに一番古いのはバミューダ諸島だそうです。トライアングル云々のためイヤな意味で有名なところですね。
天下の大英帝国サマの割には物騒なところばかり選んでいるかのように見えますが、物資や水の補給のためですからまあ仕方ない。

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一般的な死因は胃がん・胃潰瘍だけど

話をナポレオンに戻しましょう。
一般的に彼の死因は、当時の解剖結果から胃がん・胃潰瘍とされています。胃下垂の病歴があるので不自然ではないのですが、あれだけヨーロッパの多方面に影響を及ぼした人ですので、実は今でも暗殺説やその他新説が絶えません。
根拠と共に一つずつご紹介します。ちょっとグロい話も入りますので、お食事中の方やその手の話題が苦手な方はスルーしてくださいね。

・暗殺説

もはや有名人にはつきものの説ですが、ナポレオンの場合はいくつか根拠が存在します。
一つは、彼自身が臨終間際に「私はイギリスに暗殺されたのだ」と言ったらしいということ。
もう一つは、遺体をフランスへ送り返す際に全く腐敗していなかったこと。
さらに、遺体からヒ素が検出されたことです。
この三点をまとめて、「ワインか何かでヒ素を飲まされ、暗殺されたのではないか?」といわれています。
セントヘレナ島の総督であったイギリス人ハドソン・ローが「ナポレオン(笑)」的な態度を取り続けていたため、いやがらせの果てに毒殺したのでは?というわけです。
これが事実だったら史上稀に見る最低ぶりですね。

・ヒ素中毒説

一つめの説と似ていますが、こちらは「故意に飲まされたのではなく、周囲に漂っていたヒ素を摂取し続けたための中毒死では?」というものです。
当時は壁紙などにヒ素が使われていたこと、ナポレオンがほぼ監禁状態にあったことから、他の人よりもヒ素の摂取量が増えた結果死に至ったのではないか?とされています。
でも、これだったらナポレオンに随行した人々も同じようにヒ素中毒で亡くなるはずですから、ちょっと根拠は弱いかなという気もします。
随行したからといって必ずしも四六時中一緒にいたとは限りませんが、中にはナポレオンに代わって回想録を書いた人もいますので、生活の大部分を共にしていた人がいるのは確実ですからね。

しかし、これら「ヒ素が原因」とする説については「サンプルに使った髪の毛や遺体を保存するためにヒ素を使っただけで、元から体に同量のヒ素があったかどうかはわからない」ということになり、否定されています。
とはいえ、他にも痕跡を残さない毒物は存在するので、カムフラージュのためにヒ素を使ったなんてことも考えられますから、ヒ素以外の毒物による暗殺・中毒の可能性はなくなっていないようですが。
このためか、最近はもう一つ新説が唱えられているようです。

・腎疾患説

近年になってデンマークの元医師が唱えた説です。
「睡眠時間が三時間だった」と言われるほど多忙を極めたナポレオンですが、体のほうにはかなりの負担を強いていました。上記の胃下垂に加え、長時間の乗馬による痔など、いくつか病気を持っていたといわれています。
しかも夜遅くまで酒を飲むわ、朝風呂にシャンパンを使うわ、脂肪の多い料理が好きだわで、本人の意識としては良くても臓器からすれば「やめてえええええええ」と言いたくなるような生活習慣ばかりだったそうで。だから軍人上がりの割に肖像画のお腹出てるんじゃゲフンゴホン。
そんな生活を続けていたために腎臓がやられてしまい、何らかの腎疾患となって死に至ったのでは?というわけです。
ナポレオン本人が排尿痛らしき症状を訴えた記録があるそうで、もしこれが本当であれば、上記の二説よりも信憑性が高いかもしれません。

他に「当時薬と思っていたものが劇物だったから」説などもあります。
死の直前病状が急変したことからこちらも信憑性が高いとされているのですが、やはりはっきりしたことがわからないので、今もフランス政府的なナポレオンの死因は「胃がん」ということになっています。
胃がんだけが解剖結果から確実にわかることだから、という理由だそうで。

現在ナポレオンの遺体はパリのオテル・ザ・アンヴァリッド(邦訳名”廃兵院”。フランス軍の傷病兵や傷痍軍人が住んでいる施設)というところにあるので、解剖をやり直そうと思えばできるような気がするのですが、やらないんですかね?
それとも遺体の保存にヒ素が使われているという時点で、解剖しても意味がないという見解なのでしょうか。
かくなる上はタイムマシンの完成を待つか、イタコの方にナポレオンの霊を下ろしてもらうとかしないとわからないんですかねー。はてさて真相やいかに。

長月七紀・記

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ナポレオン・ボナパルト
   http://www.afpbb.com/articles/-/2599814?pid=4115182




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