特に織田信長にとっては天下取りが見えて来たターンでした。
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甲斐の名門・武田氏が滅亡。
上杉氏の命運もいまや風前の灯火。
毛利氏は羽柴秀吉(豊臣秀吉)が攻略中。
北条氏も遠からず降るだろう――。
よって……。
「最近俺らいい感じだよね。っていうか、武田も滅ぼして絶好調じゃね? それもこれも長年頑張ってくれた家康くんのおかげだと思うんだよな、ウンウン」
彼がそう考えたとして、何の不思議がありましょうか。
織田信長は武田氏滅亡を祝うため、同盟相手の徳川家康を相手に精一杯のおもてなしを考えました。
大河ドラマ『麒麟がくる』や『どうする家康』では、信長が光秀をぶっ叩く!という衝撃的な場面が印象に残りましたが、実際のところ信長も丁重に家康を迎えたようで。
このとき信長が家康に対してふるまった料理とは一体いかなるものか。気になりません?
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なんせ天下人のお食事ですからね。
ぐるナイ『ゴチになります!』のお会計が20万円、30万円とか言ってるのが可愛いレベルでありましょう。
信長による家康接待が行われたのは天正10年(1582年)5月15日のこと。
本日は不肖・小檜山が、そのときの信長による満漢全席グルメリポートをお送りしたいと思います!
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「安土御献立十六日之夕膳」が現代に再現されました
信長が家康にふるまった食膳。
実は、そのメニューがあまりに素晴らしい料理だったため、献立の記録は残されました。
それが徳川美術館の隣にある「宝善亭」にて再現されたのです(2017年)。
名前はズバリ「信長御膳」!
「信長(が家康をもてなした)御膳」というわけですね。
確かな情報量を持つ徳川美術館の協力を得てできたもので、まずは全メニューを掲載しておきましょう。
食前酒……赤ワイン。当時から飲まれていました。
うるか……鮎の内臓と卵の塩漬けです。くせがなくて食べやすく、それでいて濃厚な味わいを楽しめます。
蒲鉾……魚の擂り身を串につけて焼いたもの。現在の蒲鉾よりちくわに近い食感と見た目です。
茹で蛸……腐敗防止のためイボと皮がないため、一見すると蛸に見えません!
このわた……ナマコの内臓を塩漬けにしたもの。
鮑……やっぱり鮑ですよね! コリコリの触感がたまりません。
鯉……当時最上級の魚は鯉、鯉に勝る魚はないと考えられていました。泥臭さがなく、さっぱりとして上品な味です。
鱸(すずき)……三鳥五魚の一種、美味な魚として有名なのだとか。
茄子つぼつぼ……料理長の工夫が感じられる入魂の一皿。大きめの茄子をくり抜いて中に鶏の挽き肉をつめ、茄子の身でふたをしたもの。当時は鴫(しぎ)の肉を用いていました。見た目も工夫も凝っています!
鴨……当時は鴫(しぎ)を使用。代用しています。
鱒塩焼き……鱒は近江の特産物。今回は塩糀をつけています。
麩……生麩に味噌をつけてあぶったもの、シンプルながら奥が深い味わい。
焼き味噌……信長の好物。ただの味噌じゃありません、葱と生姜をあわせています。ご飯にあわせても。
宇治丸……鰻を丸のまま焼いて醤油と酒をあわせたたれをつけます。今回はお茶漬けにできます。
湯漬け……宇治丸を乗せて、湯漬けにをどうぞ。せっかちな信長は湯漬けを好みました。
瓜味噌漬け……香の物は味噌漬けをさします。
羊皮餅……製法や形状はわかりません。今回は大福と饅頭の中間のような味わいに加えて、豪華な金箔を添えています。
もう、これでもか!という凝った味わいの逸品だらけ。
実食して感じたのは「これは食べるエンターテイメントだぞ」、ということです。
塩分補給の大事な武士だから焼き味噌がポイント
食とは味だけではなく、見た目や演出、目で味わう要素もあります。
この御膳を見ると、まず盛りつけの美しさや金箔の輝きに目を奪われます。箸をとる前から食事は始まっているのです。
つぼつぼ焼きのふたをあけると、桔梗形の麩が出てくるのも一興。
三度も作り直した、まさしく近澤料理長入魂のメニューです。じっくりと味わってください。
そして次に、味わいです。
当時のものを再現したとはいえ、現代風にアレンジしているため、食べにくいものは一切ありません。
上品でさっぱりとしていて、当時最高級の食とはこのようなものか、と思えます。
現代風にアレンジされているとはいえ、焼き味噌といった料理は現在の食膳では敢えて食べないようなものもあるのがポイントです。
運動し汗をかく武士ですから、塩分補給は大事。簡単に食べられる焼き味噌が好物というのは理にかなっています。
動物性タンパク質である魚や鶏肉も豊富です。
現代人のように牛や豚を口にしないため、こうした食材で補っていたわけですね。
この御膳はボリュームたっぷりとはいえ、食べきることができる量ですが、元になった料理は圧倒されるほどの量であります。
動き回り汗を掻く、武士の体育会系の食卓です。そして……。
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