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ゴールデンカムイ尾形百之助と花沢勇作を考察~悲劇的で耽美な兄弟よ

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右目を失い、崩れゆく自我

隻眼になり、瀕死となった尾形。

杉元たちは彼を連れて行くことにします。

この過程で、一行はニヴフに伝わる「ばけもの川」という話を聞きます。

目玉を描くと、化物は恐れて去ってゆくというもの。この話の教訓は何か?と杉元に問われ、アシㇼパはこう答えます。

「悪いことをするやつは……自分を見られるのが怖い」

そして尾形は治療を受けた病院から脱走。その際、鯉登が鶴見に対して不信感を抱くようなヒントを投げかけてゆくのでした。

もっとも、鯉登を小馬鹿にしている尾形が、相手がどう読み解くかまではあまり考えていなかったのかもしれませんが。

単身、北海道へ戻ると土方と合流し、狙撃手としてリハビリを積み、戦力として回復したように見えます。

北海道へ戻った時系列から、尾形の別の面が見えてきます。

上等兵の宇佐美と行動する菊田特務曹長は、宇佐美から衝撃的な話を聞かされます。尾形が花沢勇作を殺害したというのです。菊田は驚き、仲が良さそうだったと語ります。

ここで、尾形が勇作を殺す前の状況が描かれます。

尾形は弟を殺すことを一人で計画し、殺したわけではない。

宇佐美に勇作殺害計画について語り、くどいほど確認を取ってから殺害に至っています。

もしもこのときの相談相手が別人ならば、殺さなかった可能性があるとわかる。菊田なら諭して止めたでしょう。谷垣や有古でも、止まらせようとしたのではないでしょうか。

つまり、尾形は周囲の「目線」を確認します。空気を読むといってもいい。

このすぐあとに場面転換すると、尾形は狙撃兵は人を撃ってこそ復活だと語ります。

果たしてそれは宇佐美を射殺することにより実現に至り、尾形は右目を覆っていた布を取る。

と、飛び出す義眼。

両目が蘇ったように見えているけれども、所詮は偽りの目しかない。

そう示すようにも思え、尾形の偽りの姿は、菊田の回想でまたもあらわになります。

勇作の母・ヒロは、我が子がいっそ童貞を捨て、連隊旗手を外されて欲しいと願っていました。

そのためにお見合いをセッティングするのですが、ひょんなことから杉元が身代わりを務める。

「ノラ坊」こと杉元は、こうして第7師団と接点があったのです。

このとき、異母弟を目にした尾形は無邪気に笑っていました。

結局は本物の勇作ではなく、偽物であったものの、尾形が弟を見て笑ったことは確かなのです。

 


よそ見せず俺を見てくれ、いや、見るな!

樺太で樺太を失い、徐々に仮面が剥がれつつあった尾形。

その分厚い仮面は、最終巻によりあらわになります。

最終決戦の場となった列車は、それぞれの決着がつく舞台であり、尾形は鶴見に問いかけます。

第7師団長にすると約束したのに、よそ見をして他の連中を見ていた、と。

つまり、尾形は鶴見から造反したわけでもない。構って欲しいから、敢えてそうしていた。

尾形百之助はずっとそうでした。

母が自分を見るように、祖父の銃を持ち出して鳥を撃った。

父が葬儀に来て、自分を見て欲しいから、母を毒殺した。

世間が花沢幸次郎の息子である自分を見てくれるという鶴見の計画に従い、父を殺した。

尾形は戦友である第7師団の兵士すら殺し、月島に怒りの目を向けさせた。

そうやって自分だけに目線を引きつけるために、人を殺してゆく。怪物となった尾形は、鶴見と向き合うことで、目的達成への道すじを確認します。

自分を陸軍士官学校入学、卒業をさせ、陸軍少将にまで出世させる。結局、尾形は父と同じ道を歩みたかった。

ここで鶴見が念押しします。

庶出、山猫の子だろうと、第7師団長になれると証明したいのだろうと。尾形は大笑いし、その通りだと言います。

しかし、再度考えてみましょう。

尾形は勇作殺しの前でも、宇佐美の賛意を得てから実行しています。彼は自分だけの道を歩むようで、実はそうでもない。周囲の意見に影響されている。

そして尾形は激闘の最中に向かうものの、杉元に腹を刺されます。しかし、この傷を負った後でも動き回ることはできる。

致命傷は、アシㇼパの放った毒矢でした。

このとき、勇作の“悪霊”が立ち塞がります。目元がずっと隠れていた勇作は、澄み切った美しい双眸を尾形に向けるのです。

そして怒涛の展開へ。

亡霊などではなく“罪悪感”――尾形は自分自身と対話し、そう気づく。

自分は何かに欠けた存在として生まれてきたのではなく、欠けた存在にふさわしい道をわざわざ歩んできた。

そのことに気づいた尾形は、残された左目を自ら撃ち抜き、列車から落ちてゆくのでした。

背中には勇作がしがみついていました。

地獄へ落ちていくようで、まるで天へ昇るような――神々しい姿で彼は消えてゆくのでした。

 


世界一美しい瞳を遠ざけた報いを

尾形を語る上で考えたいものは、瞳です。

母にも、父にも、鶴見にも、自分を見つめて欲しいと願っていた彼は、よそ見を許せない。

そんな彼は右目をアシㇼパに射抜かれ、左目を自ら射抜き、最期を迎えました。それはある報いゆえの破滅に思えます。

尾形は見つめられたかった。そんな尾形の願いを叶える存在はいた。

勇作です。

彼は愛のこもったまっすぐな瞳で、兄を見つめてきた。望んでいた美しい目だった。

それなのに、鶴見や宇佐美に惑わされ、尾形はその瞳を永遠に失いました。だからこそ、勇作の瞳はずっと隠れていた。

太陽の光を望んだ吸血鬼が、日光のもとでは消え去るように。

あるいは見られることを恐れる化け物のように。

望んでいたものを手にして、尾形は消えてゆきました。

尾形がこの作品で人気者となるのも無理からぬことで、プロットの出来栄えとしては鶴見と並ぶ完成度だと思えます。

読者を騙し、己を騙し、騙しきれぬとなったら死を選ぶ――消えて灰になるような、人ではないような破滅は、毒を含んだ美しさがあります。

そんな尾形の遺骸を、同じく狙撃手であるヴァシリはみたようです。

画家となったヴァシリ・パヴリチェンコは『山猫の死』という絵を描き、亡くなるまでそばに置き続けました。

その絵に描かれた山猫は、どこか愛らしく、眠りに落ちたように見える。

すべてから解き放たれた尾形は、子どものような無邪気さすらある、一人の青年に過ぎなかったのかもしれません。

尾形百之助と花沢勇作――この兄弟は悲劇的であるとともに、明治を舞台とした作品らしい耽美がただよっています。

地獄に堕ちながら、天国に昇るような二人のラストシーンは、これからも多くの読者の記憶に止まり続けることでしょう。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

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