いずれ自分たちも文句を言わない敬虔な信者にされてしまう
だからウイルクと俺はソフィアたち革命家に加担した
キロランケ(『ゴールデンカムイ』第179話より)
彼らの追いかけるキロランケは、アシㇼパに父・ウイルクの軌跡を見せようとしていました。
衝撃的な核心へと迫るストーリー。
それを追いかけるためにも、彼らの背景を見ていきましょう。
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ロシアの革命戦士と、その爆弾
強く美しき、ロシアの革命戦士・ソフィア。
そして彼女に導かれたウイルクとキロランケ。
ソフィアには複数のモデルがいます。
革命を目指したテロリスト・ソフィアと、義賊ゴールデンハンドです。
◆ソフィア・ペロフスカヤ(1853〜1881)
彼女はナロードニキ運動に参加しており、名家の出身でした。
貴族であるソフィアの経歴と一致しております。
◆ソーニャ・ゴールデンハンド(1846〜1902)
ロシアの伝説的な存在。
「ゴールデンハンド」という通称は、彼女から取られています。
経歴はあまり一致点がないように思えます。彼女の生い立ちは、彼女自身がさして語らなかったため、謎に包まれているのです。
数回結婚しており、魅力的な女性であったことは確か。
不敵な顔は、どこかソフィアに似ています。
樺太に収監された彼女は犯罪者でした。
そうでありながら愛されたのは、金持ちから盗み、貧乏人に配っていたため。伝説的な女性「義賊」なのです。
史実におけるソフィアの仲間には、ウイルクとキロランケに似た経歴を持つ者もおります。
◆イグナツィ・フリニェヴィエツキ(1856〜1881)
ポーランド人であり、アレクサンドル2世に爆弾を投げつけた人物です。
◆ニコライ・キバリチチ(1853〜1881)
ツァーリ暗殺爆弾の開発者です。
キロランケが得意とする爆弾は、簡単であればあるほど役立つものでもあります。
こうした爆弾や砲弾は、原始的な構造であり、爆薬まで到達する前に防ぐことが可能。
会津戦争では、「焼き玉抑え」という任務を籠城する女性や子供が行いました。着地し、爆発する前の砲弾に布をかぶせ、爆発を防ぐことをこう呼んだのです。
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明治時代には、日本でも爆弾テロが増えております。
大隈重信も、その一人です。
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幕末に猛威を振るった自顕流拾得者の鯉登と、明治以降猛威を振るいはじめた爆弾のキロランケ。
この二人の対峙は、鯉登が爆弾を切りつけてかわすことにより、決着がついています。
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ロシアのヒグマに気をつけな
さて、ここで考えたいこと。ちょっとBBCを助っ人に呼んできましょう。
BBC制作の「第一次世界大戦をラップバトルで説明するYO!」をどうぞ。ふざけているようで、かなりレベルが高く、勉強になるYO!
1:40あたりから登場! ニコライ2世の歌詞でもどうぞ。
セルビアの同胞、フランツ・ヨーゼフを応援するYO!
同じ血、同じ宗教、同じスラブの顔
サラミよりも多くの軍隊を派遣できるZE!
煽りや釣りはやめるんだYO!
コサック騎兵に引き裂かれてのたうちまわりたいか?
このあいだにやらかしちまったとき(※ニュアンス的に、たぶん日露戦争ですね)、朕も革命に焦ったYO!
今回はてめえをぶちのめして解決するZE!
ロシアのクマに気をつけなYO!
なんかラップで意味がわかんねえ。しかも英語かよ。
そうなるかと思いますが、我慢してくださいね。
ロシアでは、伝統的にヒグマをシンボルとしてきました。
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プーチンがヒグマに乗っているクソコラは、ある意味伝統なのです。
◆プーチン氏、熊に乗っている写真にコメント【写真】(→link)
「ヒグマと喧嘩したいの?」と、ロシア人に言われたら? 大変危険です。気をつけましょう!
本作の命知らずどもは「日露戦争延長戦だ」といきり立つのがお約束ですが、あれは彼らが強いから。
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アジア太平洋戦争の延長戦になったら危険です……やめておきましょう。ウクライナ侵攻が実現した今となっては、プーチンを揶揄していたころの世界は能天気なものであったと思います。
はい、ラップバトルへ戻りまして。
ここでツァーリはノリノリでセルビア仲間意識を見せていますが。見せられる方からすれば、シャレになっていないところでもある。
なまじ東欧であるセルビアやポーランドは、ロシアのせいで苦しめられています。その最大の被害国がウクライナであることが今や証明されています。
ロシアはここを突かれると、放置できないけれども。助けられる側としても、ありがた迷惑ではあると。
ここで思い出してみましょう。
ウイルクの父であり、史実におけるアレクサンドル2世の暗殺犯も、ポーランド系です。彼らはロシアから圧迫を受けた人たちであるのです。
そして、この物語の舞台とラップバトル舞台の20世紀前半に至るまでに、もうすこし遡りたいところでもあります。
それはナポレオン戦争です。
フランスから始まった革命の息吹は、ポーランドにとっては希望でした。
フランスの味方をして、ロシアを叩く。そうすれば、祖国独立への希望が見いだせるかもしれない――。
ならば、フランスのために戦おう!
そう考えたのです。
その代表例が、ポニャトフスキです。
池田理代子氏漫画『天の涯まで ポーランド秘史』主人公でもあります。
彼は、第一帝政の26元帥の一人にまでのぼりつめました。
ただし、軍事的功績や能力というよりも、ポーランドへのポーズという意識が見え隠れしているところではあります。
ポーランドの苦しみは、大国に挟まれたゆえのもの。
フランス、オーストリア、ロシア――。フランスとしては自国民でもなく、ロシアに近い、緩衝材になるのです。
ナポレオン戦争の中で、フランスの成人男性人口は激減しております。
他国民を利用することが理にかなっていたのです。フランス外人部隊も、この戦争の影響から採用されたシステムでした。
その最悪の結果が、ロシア遠征です。
ナポレオン退場の契機であり、『戦争と平和』で知られるこの戦い。
犠牲となった将兵は、フランス人以上にポーランド人が多かったのです。
それでも、ポーランド人は戦わねばならない。
少数派が多数派の中で目立つためには、倍努力せねばならない――。ポニャトフスキも、戦争の最中溺死するという、悲劇的な最期を迎えました。
ポニャトフスキが男性の代表ならば、女性はマリア・ヴァレフスカでしょう。
ポーランド貴族夫人であった彼女は、政治的駆け引きも背後にある中で、ナポレオンの愛人となりました。
彼女の夫は政略結婚のうえ高齢であるとか。
玉の輿であるとか。
彼女は純粋であったことから、美化されがちな関係ではありますが。
ナポレオンが死の際に叫んだ名前は、ジョゼフィーヌ。
ナポレオン2世の母は、マリー・ルイーズ。
ナポレオン物語のヒロインとはジョゼフィーヌであり、その次がマリー・ルイーズであり、マリアはあくまで脇役なのです。
ナポレオン戦争終結後、ポーランドはロシアのくびきからいかにして抜け出せるのか。そのことに直面するようになりました。
しかし、ロシアは巨大なヒグマ。
猛獣に楯突いておいて、その相手を許すことは到底できません。
だからこそ、ウイルクの父のようなポーランド人政治犯は厳しく弾圧を受ける。そして、地の果てとされた樺太の監獄へと送られていきます。
そして樺太のアイヌ女性との間に、青い目を持つ男児が生まれる。
ウイルクと呼ばれるその男児は成長し、やがてロシア皇帝・アレクサンドル2世を暗殺するのです。
暗殺後、ウイルクは北海道へと逃れます。
彼はそこでアイヌの女性と愛し合い、父譲りの青い目のアシㇼパが生まれました。
アシㇼパの青い目――。
美しい宝石のような輝きだけではなく、悲しい歴史が宿った色でもあるのです。
ウイルクとアシㇼパという父と娘は、何なのか?
彼らはロシアというヒグマの巨体に、抗う存在でもあるのではないでしょうか。
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