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【『鬼滅の刃』舞台の大正時代】
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大正は戦争へと向かう時代
明治という国家が成立し、大正を迎えたあと、日本は昭和へと向かってゆきます。
そして、戦争の時代へ突入――ご存知、日中戦争、太平洋戦争です。
大正生まれは太平洋戦争終結寺、19歳から33歳に属していました。日本の歴史上、戦争の犠牲者が一番多い年代でしょう。
台詞から察するに、大正年間でも大正末期の話と推察できる本作。炭治郎たち主人公は、年号が明治から大正に変わる前後に生まれたと推察できます。
彼ら自身も、彼らの子どもたちも、戦争を見ることになる世代です。
炭治郎たちは戦うために、激しい訓練を受け、命すら軽んじられるような状況に置かれます。
それは何も彼らだけのことではなく、大正生まれの日本人につきまとう、暗い宿命でもあるのです。
せっかくですので、大正末期に生まれた日本人の人生がわかる漫画作品をあげておきましょう。
・山岸涼子『負の暗示』(→amazon)
※『天人唐草 (山岸凉子スペシャルセレクション)』に収録
大正6年(1917年)に生まれた一人の青年が、いかにして精神をむしばまれ、大量殺人を犯すのか? 心理や社会状況を踏まえて描いた作品。
大正時代に生まれた作者と同年代の青年たちが、いかにして戦場で散ってゆくかを描いている。
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シリアスでハードな少年漫画の時代
『鬼滅の刃』は、たとえ主人公たちが最終回で生き延びたところで、その先は暗い――そんな時代の制約がつきまといます。
彼らの先に待ち受ける戦争を生き延びたところで、何らかの傷は彼らに残されるのだから。
『鬼滅の刃』は、シリアスでハードな漫画を求める層によいと勧められているものです。
それはその通り。のみならず、実際に人気があって大ヒットしているということを、真剣に考えなくてはいけないのではないかと思えるのです。
『鬼滅の刃』が連載されていた2010年代、テレビをつければ日本を礼賛する番組が大人気でした。
道ゆく外国人観光客に、アニメ、漫画、食事、果てはトイレにあるウォッシュレットまで称賛される、そんな番組です。
インバウンドによる景気浮揚が叫ばれ、外国人に褒めてもらわねばならないという、官民一体となった空気がある時代とでも申しましょうか。書店にもコンビニにも、日本の魅力を伝える書籍や雑誌が販売されていました。
日本は素晴らしいという思想は、歴史まで標的としてゆきます。
日本が有史以来優れていて、日本人は心清らかであるというベストセラーが誕生。そうした本では、かつて描かれてきた悲惨な歴史は言い換えられました。
「吉原の遊女が悲惨な生活だったなんて言いますが、ちゃんとお三味線やら何やらお稽古つけさせてもらえて、中には見受けされて玉の輿に乗った人もいるんだから、そんなにひどい話でもありませんよ」
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こういう話にはパターンがあります。
例外的によい待遇であった例を針小棒大に扱い、誤魔化しているだけのこと。
それをいうのであれば、アメリカの黒人奴隷の中には、主人の寵愛を得て贅沢な暮らしをできる人もいました。そういうことを持ち出して「奴隷制度は悪くないのです」と言ったところで、まず取り上げられません。
『鬼滅の刃』の読者は、遊女がよい暮らしという話にはこう反論できるでしょう。
「じゃあ堕姫と妓夫太郎の話はありえない嘘だったっていうの?」
漫画だとはいえ、何もすべてが嘘というわけではありません。
投げ込み寺こと浄閑寺は実在するからには、人の命が極めて軽く扱われた史実まで、たどりつくのはそう難しいことではありません。
『鬼滅の刃』は、歴史を学ぶ格好の入り口となっているのです。
いつの時代も少年漫画は同じようで、実はちがう
大人が、日本は素晴らしいというコンテンツに耽溺する一方で、子どもは『鬼滅の刃』に夢中になっている。
近現代史を描く定番コンテンツである朝ドラですら、2010年代の作品はモデルの人生を大幅に上方修正し、イージーに無毒化した『わろてんか』、『まんぷく』、そして『エール』のような作品がある。
能天気に大人たちが楽しんでいる一方、子どもが『鬼滅の刃』に夢中になっていることは、もっと真剣に考えた方がよいのかもしれません。
『鬼滅の刃』には、日本のそれぞれの時代において困難と直面し、鬼になってしまった存在が出てきます。
鬼という存在は、日本の歴史が追っている暗い部分を見せてくる役目を果たしているのです。
大人が日本がいつでも素晴らしかったというファンタジーにうっとりしている横で、子どもは日本の歴史が持つ暗い面を含めた『鬼滅の刃』を読んでいる――これぞ2010年代の象徴的な日本の光景なのでしょう。
子どもたちはじめ若い世代で流行しているものは、未来の社会を予兆するものでもあります。
『鬼滅の刃』を読んでいた彼らが大人となる時代、この国のものの見方や価値観はきっと現在とは違うものとなっていることでしょう。
いつの時代も少年漫画は同じようで、実はちがう。
『るろうに剣心』や『銀魂』に夢中になったかつての子どもたちとはちがう世界を、彼らはこれから作ってゆくのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
『鬼滅の刃』1巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)