山陽鉄道1935年頃の食堂車/wikipediaより引用

明治・大正・昭和時代

誰もが憧れる「列車旅の食堂車」~空腹を汽笛の音より響かせて~

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旅といえば、やはり普段の生活とは違った体験をしたいですよね。

美しい景色に心を洗われたり、リッチなお宿で体を休めたり。
求めるものは人それぞれだと思いますが、その中でも多くの方が憧れながら、中々機会に恵まれなさそうなお話です。

1901年(明治三十四年)12月15日は、国鉄で初めて食堂車が登場した日です。

今の若い方は、かつてJRが国営(国鉄)だったことを知らない人も多いかもしれません。

以前取り上げた駅弁のお話と似ていますが、比較するとなかなか興味深いところもあるので、併せてご覧いただければ幸いです。

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新橋~神戸間の急行列車で精養軒が提供

さて、この日食堂車が連結されたのは、新橋~神戸間の急行列車でした。

まだ新幹線なんて影も形もない時代ですし、そもそも車両が木製だったころです。

運営は精養軒がやっていて、今でいうグリーン車利用客専用だったといわれています。
普通車には不届き者が乗っていることもあったため、優等列車の客を不快にさせない・タダでいい車両に乗るのを防ぐ目的でした。

今なら「差別だ!!」と大問題になりそうですが、戦後の1950年代までこのスタイルだったというのですから驚きです。

当初は調理の単純さから洋食だけで、1906年から和食も作れるようになりました。進歩早すぎ。
というか、食堂車に関しては数年単位で結構状況が変わっていまして、日本人の食に対する情熱がうかがえます。

 

戦争激化によって1944年に一旦廃止

まず、1908年の鉄道国有化によって、食堂車は直営から請負になりました。
各社の競争が始まる中で、ウェイトレスを導入する会社もあったようです。

一般企業が入ることで食堂車の敷居が低くなり、多くの人が利用するようになりました。

運営も順調でしたが、いつの時代も儲かる業界ほど悪徳業者が出てくるもの。
昭和に入ったあたりからその辺を是正するため、1938年に日本食堂株式会社(現・日本レストランエンタプライズ)が設立され、食堂車の経営が統合されました。

そんな感じで、戦前は【準急・長距離・観光列車】であれば、普通席だけの列車でも和食を出す食堂車が連結していたといいます。
今では「食堂車付きの列車」というと贅沢なイメージもありますが、かつてはずっと身近な存在だったんですね。

しかし、時代の流れには逆らえません。

戦時中は物資不足などのためメニューの簡素化や注文制限、代用食材の使用、テーブルクロス廃止などで残念な食堂車も多くなり、1944年4月1日には一度廃止されてしまいました。
同じ日に代替策として車内販売が開始されているので、駅弁と食堂車は入れ替わりに発達したような感じになるわけですね。

 

試験的に電子レンジも導入され、蕎麦や丼ものなども

戦後の1945年から連合軍専用列車に食堂車が登場します。
同時に、一般向けの列車でも、東京~鹿児島間の急行で食堂車の営業が再開しました。

1953年以降は、帝国ホテルなどホテル業界などが食堂車経営に乗り出し、黄金時代を築いていきます。

豪華なイメージがあるのはこの辺からでしょうか。
1960年代に入ると、列車の構造が変わったため、急行では食堂というよりビュッフェスタイルが増えていきます。

そして従来の食堂車は夜行列車・特急列車中心に使われることになりました。
ビュッフェスタイルの場合、調理施設が簡単なため、スタッフにも好評でした。

ビュッフェスタイルの食堂車/wikipediaより引用

1961年には試験的に電子レンジも導入、より調理が簡単かつスピーディーになりました。ここから調理済みの食品を再加熱して供するようになります。

「温めなおし」というと手抜きのようにも見えますが、メニューの幅が広がったそうなので一長一短でしょうか。
他にも、寿司やそば・うどん、丼ものといった身近な日本食も出るようになったそうです。

しかし、1970年以降は、またしても食堂車そのものが下火になっていきます。
電線によるトンネル火災事故などがあり、戦前に作られた木製の食堂車は危険と判断されたためです。

下火になった理由は、他にもこんなものがありまして……。

・旧式の食堂車は木炭コンロを使っていて、火事の火元になる危険性があった
・国鉄の財政難で食堂車を作り直す余裕がなかった
・労働条件が厳しく、食堂車スタッフの人員確保が難しくなった
・夜行バスや飛行機の発展、新幹線の増発などにより、長距離列車や夜行列車、車内で食事をする人が減った
・コンビニなどで弁当が売られるようになった

かくして食堂車は「割高」というイメージがついてしまい、ますます客足が遠のくことに……。

中には黒字なのに廃止された食堂車もあったそうです。
変わって駅弁が充実してきたので、「そのうち赤字になるよ」みたいな考え方からだったのでしょうか。

特急「白山」食堂車さよなら営業/wikipediaより引用

 

現在は超高級列車で楽しめるように

国鉄が民営化されてJRになった後は、予約制のコース料理と、予約不要のパブタイムを同じ列車で行うというスタイルも生まれました。

残念ながら、かつてのような人気は出ておりませんね。

全国で食堂車は売店化していき、2006年にはJRの寝台列車のうち、食堂車が残るのは北海道系統だけになっています。
私鉄では他にもありますね。

現在運行している食堂車付きの列車はこの辺でしょうか。
「お皿に入った温かい料理を食べられる」列車=食堂車という基準にしています。

・JR
カシオペア(上野~札幌)
フルーティアふくしま(郡山~会津若松/福島)

・いすみ鉄道
伊勢海老特急
お箸DEイタリアン
飲茶列車
居酒屋列車

個人的に、東武鉄道のスペーシアや小田急電鉄のロマンスカーが軽食のみというのが意外でした。
やはりコストがかかるんでしょうね。

JRでも近年では、列車自体が廃止されたところもあり、なかなか切ないものです。

一方でラグジュアリーな旅行が求められていることもあり、最近は一人あたり50万円(2名一室で3泊4日)という「トランスイート四季島」が人気あるようですね。

ダイニング付きの長距離列車で、上野~北海道の超高級列車。
私には、まず縁はありませんが、この手のサービスを世界へ広げるなどして日本の鉄道をアピールするのも一手かもしれませんね。

長月 七紀・記

【参考】
食堂車/wikipedia
JR東日本四季島

 



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