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新撰組の生き残りにして晩年は平穏に過ごした斎藤一 新たな写真見つかる!本郷教授の「歴史キュレーション」

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日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週のテーマは「新撰組の生き残りにして晩年は平穏に過ごせた斎藤一 新たな写真見つかる!」です。

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

◆斎藤一の写真見つかる 53歳当時、新選組生き残り 産経新聞 7月15日

「きゃー、一さま、すてきー。しぶいー。かっこいー」
本郷「あのね・・・。まあ、新撰組だと、この人、こうなるんだよなあ。おーい、ひめー。一さん53歳だよ、53歳。ぼくとたいして違わないよ-」
「なに言ってるのよ、このデブたぬき。一さまのお顔をよくごらんなさい。このしぶさ。若いときはどんなにイケメンだったことか。それで、強いのよ。もう、めちゃくちゃ強いのよ。体育1だったあなたなんかと、もう、比べること自体がバカバカしいんだから」
本郷「うん、まあ、沖田総司と並ぶくらい強かったという話はあるよね。でも、何で女性は、こう運動能力が高い男性が好きなんだろうね。野球選手やサッカー選手もモテるもんなあ。新撰組の隊士が人気あるのも、そういうことなのかな」
「・・・すいません。私としたことが。冷静になりました・・・。そうね、たしかに女性は、運動能力が高い人が好き、という人が少なくないわね。やっぱり生物としての本能で、強くて、たくましくて、守ってくれるオスとつがいになりたいと欲するようにできているのかしらね」
本郷「小学校の3~4年生くらいまでは、断然、運動ができるヤツがヒーローだったもんね。で、5~6年生になると、プラスおもしろいヤツとか、人望があるヤツとかね。勉強なんか得意でも、まあ、全然モテなかったですねえ」
「まあ、モテない人生まっしぐらのあなたのことはさておいてね、これで、新撰組の幹部で写真のある人は何人目かしら。近藤局長でしょう、副長のトシさまでしょう、あと2番隊組長の永倉の新ぱっつあんね。4人目ということでいいのかな」
本郷「あなたには必要ないだろうけれども、明治時代の斎藤一について触れておくね。戊辰戦争の時、斎藤は会津藩士として会津で戦い続けた。会津藩が取りつぶされて、3万石の斗南藩として復活すると、斎藤も斗南藩士として新たな領地になった下北半島へ赴いたんだ」
「斗南藩は貧しくて、藩士たちはものすごく苦労したのよね。一さまも、さぞたいへんだったでしょう・・・」
本郷「明治7年(1874年)に元会津藩大目付・高木小十郎の娘・時尾と結婚した。このとき元会津藩主・松平容保公が上仲人、元会津藩家老の佐川官兵衛と山川浩らが下仲人を務めている。会津の人たちが斎藤を高く評価していたことがよく分かるよね。それからこの時、名を藤田五郎に改名している。時尾との間には、写真に写っている長男・勉、次男・剛、それに三男・龍雄の3人の子供が生まれた」
「よかったー。一さまに、やっと安息の日々がやってきたのね」
本郷「いや、まだまだ。同年に東京に移住。警視庁に勤めた。西南戦争が起こると、警部補として政府軍に参加。また激しい戦いに身を投じたわけだね」
「勇猛だったために鬼の官兵衛とか鬼佐川とうたわれた佐川官兵衛も参戦して、戦死を遂げたのよね。それから、一さまの終生の友人となった山川浩も参戦しているわね。浩は陸軍少将、貴族院議員になった方で、弟の山川健次郎は物理学者。東京帝大、京都帝大、九州帝大で総長を務めた。それから、浩の妹に元帥・大山巌夫人の大山捨松がいるわね」
本郷「余計なことを付け加えると、山川健次郎は晩年に旧制武蔵高等学校の校長になっている。これがぼくの出身校である私立の武蔵中・高なんだな」
「へー。それは知らなかったわ。で、一さまは西南戦争からも生還されるのよね」
本郷「うん。このあと警視庁で働き、明治25年に退職。東京高等師範学校(東京教育大学から筑波大学になる)の校長・高嶺秀夫(彼も元会津藩士)らの推挙で、2年後に東京高等師範学校附属の東京教育博物館(現・国立科学博物館)の看守(守衛長)として奉職。31年まで在職したというから、写真の一というか五郎さんは、看守だったんだね。それから東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)に庶務掛兼会計掛として勤務した」
「お嬢様がたの学校の事務室に、往年の剣豪、一おじいちゃまが勤務していたのね。なんだか、ほほえましいわね」
本郷「うん。穏やかな日々だったのだろう。それで、大正4年に72歳で亡くなったんだ。新撰組幹部としてはめずらしく、畳の上で死ぬことができたんだね」
「そういえば、聞きたいことがあったんだ。一さまは左利きだったというのは、本当?」
本郷「うーん、武士の子は早くから右利きにされちゃうから、常識的には考えられないけれどね。でも、フィクションなんかではそうなってるよねえ。どうなんだろう? まあ、新撰組最強伝説の一角を担う斎藤一だもの、謎があった方がかっこいいかもしれないよ」

 

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◆小泉八雲記念館が新装開館 展示拡充で増改築 産経新聞 7月16日

小泉八雲って、もとはイギリス人? あら? ギリシャ人だったような気もする」
本郷「ギリシャ生まれのアリルランド人かな。国籍はイギリスだったんだね。お父さんはアイルランド人の軍医さん。お母さんがギリシャの方。ダブリンで暮らしていたんだけれども、両親が離婚してお母さんはギリシャに帰国した。ハーンさんはものすごく厳格なお父さんの方の家族のもとで成長したんだけれども、彼はこの経験によって西欧ぎらい、人間ぎらいになったともいう」
「あらー、そうなんだ。で、日本に来たときの彼はどういう職務に就いていたの?」
本郷「うん。イギリス・フランスで学んだ後にアメリカに渡り、ジャーナリストになったんだね。明治23年(1890年)にアメリカの出版社の通信員として来日した。40歳だな。来日後に契約を破棄し、日本で英語教師として教鞭を執る。初めて教えたのが島根県尋常中学校(現・島根県立松江北高等学校)と島根県尋常師範学校(現・島根大学)」
「それで、松江とご縁ができたわけね。たしか、松江藩士の娘と結婚したんでしょう?」
本郷「そう。来日の翌年、小泉セツと結婚したんだ。小泉家は300石を取った家というから、りっぱな上士だね。それから、熊本・神戸・東京と居を移しながら、日本の英語教育に尽力。同時に欧米に日本文化を紹介する著書を数多く遺したんだ」
「熊本の五高の先生になり、東京帝国大学の教授になったのよね」
本郷「その通りだけど、熊本の五高から東大、というコースで思い出す人はいない?」
「あ! 夏目漱石」
本郷「そうなんだ。妙な縁でね。ハーンさんが五校をやめた2年後に漱石が五高の英語の先生になった。漱石はそれからイギリスに留学するんだけれど、帰国するとハーンさんの後任として東京大学の英文学科の教授になるんだね」
「別に二人はライバルでもなんでもないんでしょ?」
本郷「もちろんさ。年もずいぶん違う。ハーンさんが17歳年上だ」
「でも、学生たちは事情を知ったら、いろいろと騒いだんじゃないの?そのあたりは、今も昔も同じでしょう?」
本郷「そうなんだよ。学生たちはハーン先生を慕い、新任の漱石先生を快く思わなかったようだよ。川田順という人なんかは『ヘルン先生のいない文科(文学部)で学ぶことはない』といって法科(法学部)に転科したという」
「ずいぶん思い切ったことをする人ね。どんな人?」
本郷「歌人で、実業家。数え68歳の時に京大経済学部教授・中川与之助夫人で歌人の鈴鹿俊子(当時、数え41歳)と恋愛し、自殺未遂を起こし、“老いらくの恋”と騒がれた末に結婚した人なんだ。この事件については、たしか志賀直哉が短編小説を書いていたと記憶してるけど、どうかな」
「あ、『秋風』でしょう。私もずいぶん前に読んだきりだから、よく分からないけど」
本郷「そうかな。それでね、話を元に戻すと、後に『あなたは本当に小泉八雲先生の退任を契機として法科に移ったのか』と尋ねられた川田は、『事実である』と答え、後任の夏目漱石についても『夏目なんて、あんなもん問題になりゃしない』と言ったそうだよ」
「あらあらあら。たくさんのお弟子さんに慕われた漱石先生、かたなしね」
本郷「最後にまたまた余計なことを付け加えておくとね、この川田順のお父さんが川田剛。備中松山藩の山田方谷の弟子で、ぼくが勤務している史料編纂所の前身、修史館設置に尽力した人なんだ。後に薩摩出身の重野安繹と対立して、結局は修史館を去る」
「あら、おもしろそうね。もっとくわしく」
本郷「うん。また機会を見て、お話しします」




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【TOP画像】Photo by (c)Tomo.Yun

 

 




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