幕末に「人斬り」と恐れられた主人公の緋村剣心(ひむらけんしん)。
刃と峰を逆にした斬れない刀「逆刃刀(さかばとう)」を手に、明治の世にはびこる悪と戦う彼の姿を描いたマンガ『るろうに剣心』は、佐藤健さん主演の映画でも異例の大ヒットを記録しました。
女性かと見紛うような中世的な顔立ちに短身痩躯という華奢な外見。
それでいて豪快無比な乱世の古流剣術「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)」の技の数々を繰り出すヒロイックな姿が男女を問わず惹きつけるのでしょう。
本稿では『るろうに剣心』に登場する剣術の「技」について、実在する武術との比較を中心に考察してみたいと思います。
※著者の帯刀コロクは居合道の現役剣士となります
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「抜刀術(ばっとうじゅつ)」とは?
主人公である剣心の幕末時代の異名は抜刀斎(ばっとうさい)。
その名は、彼が得意とする抜刀術(ばっとうじゅつ)に由来することが作中でも語られています。
刀を鞘に納めたままの状態から抜刀と同時に高速の斬撃を繰り出す技であり、現代にも受け継がれている実在の武術でもあります。
世に言う「居合(いあい)」と同質と考えられますが、
・「居合」とは平常時に急襲を受けた場合に瞬時に迎撃するための技法群であるという解釈
・立って戦うことを表す「立合(たちあい)」に対する座った状態での戦闘法を意味するという解釈
・「抜刀術」と「居合術」は厳密には異なるものであるとする解釈
など、さまざまな捉え方が存在しています。
しかし、流派によっては「抜刀術」と書いて「いあい」と読ませるものも存在(関口流)。
剣心の扱う抜刀術がすべて「後の先(ごのせん)」をとる迎撃の技であることを踏まえ、ここでは「抜刀術」と「居合術」を区分せず、作品にならって以下「抜刀術」で統一したいと思います。
奥義「天翔龍閃」とは?
剣心の駆使する飛天御剣流の奥義
天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)
とは、神速を超えた超神速の抜刀術だとされています。
「凄まじく速い抜き付けの一刀」というシンプルなもの。
人体九箇所へ同時に斬撃を加え、回避不可能な「九頭龍閃(くずりゅうせん)」を破る、唯一の手段として、師の生命と引き換えに会得する厳しいものでした。
相手の技の起こりを捉え、一刀のもとに雌雄を決するとは、まさに抜刀術の真髄を体現した究極の剣技でしょう。
単なる抜き付け、という基本的な技を極限まで高めたものが奥義である、ということは実際の武術でもよくあることとされており、その点についてはリアリティを感じさせます。
「天翔龍閃」3つのポイント
さて、剣心の奥義がどういったものか分かったところで、この技のポイントを考えてみましょう。
作中では「超神速」の抜刀を可能とする体捌きの極意として、通常とは逆の「左足による踏み込み」を行うとあります。
また、奥義伝授の際以外にも逆刃刀が抜刀術にとっては不利であることが言及されており、刀の刃の付き方が抜刀の速度と関係のあることが示唆されています。
さらに奥義を会得した際にはだらりと両手を下げた自然体の姿勢で臨んだのに対し、天翔龍閃を含めた抜刀術の技を発動する時には大きく左腰を捻って、刀の柄が真横を向くほどの体勢である「抜刀術の構え」をとることが描かれています。
特徴的な上記3ポイントが奥義の要として考えられますが、ここで実在する武術のセオリーと比較して、技の信憑性について考察してみましょう。
実はよくある「左足による踏み込み」
作中では抜刀の際に左足を出すと、己の刀で自身の足を傷つけるリスクがあるため通常は行わない、という旨の解説がなされています。
確かに、逆袈裟に斬り上げる形の天翔龍閃はいかにも自分の左足まで斬ってしまいそうですね。
しかし、実際には左足で踏み込む抜刀の技というのは常道として遣われているのです。
最も普遍的なもののひとつは、「左方向に回転する技」ではないでしょうか。
突如、左側から敵が襲ってきた場合、または左向きに回転することが最短距離で敵を迎撃できる場合など、自然な身体の遣い方として左足で踏み込むことになります。
また、正面の敵に対する場合でもその後の流れから左半身の姿勢をとる場合などはやはり左足で踏み込むことがあります。
問題とされている自身の左足を傷つけるリスクについては、こと抜刀の技に関しては現実には非常に低いといえるでしょう。
何故なら鞘から刃が飛び出す瞬間、その軌道が左足の位置する真下に向かうことはまず考えられないからです。
切先は攻撃部位に真っ直ぐ向かっていくかのような軌跡を描くため、かえって左足は安全であるともいえるでしょう。
ただし、これが抜刀ではなく通常の袈裟斬りなどであれば話は別です。
自身の右上方から左斜め下に向かって斬り下ろす基本の袈裟斬りにおいては、左足を出していると刀の勢いが余って自分の足を斬ってしまうことがあるため、試し斬りの稽古の際には十分な注意が喚起されます。
実際にそのような事故も発生しており、その点では「左足による踏み込み」のリスクも考えることができるでしょう。
もちろん、技によっては左足を斬らないような工夫もなされ、熟練者は刀のコントロールによってそのリスクを抑えることも可能なため、剣心ほどの達人であればなおのことかとも思われますね。
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