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日本軍が壊滅的な敗北をしたノモンハン事件 実はソ連側のほうが被害が多かった

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ノモンハン事件というのは、今から75年前の1939年5月から9月にかけて、日本と、ソ連、モンゴルの連合軍との間で戦われた戦争です。既に多くの文献でも取り上げられているので、ご存知の方も少なくないと思いますが、要するに、日本が実質的に支配していた満洲国とモンゴルとの国境紛争が、遂には日本とソ連との間の戦争に発展したものと理解できようかと思います。

渡河作戦中の日本軍(Wikipediaより)

局地戦ながら日本の南洋進出を決めるきっかけに

「事件」という語感とは大きく異なり、この戦闘は、局地戦でありながら、数多くの将兵と当時の最新兵器が投入された事実上の国家間戦争でした。
日本軍は、近代的な装備と物量を誇ったソ連軍を前にほぼ壊滅し、日本陸軍にとっては、思い出したくもない呪縛となって、以後の作戦計画を大きく変えるきっかけとなるのです。

つまり、関東軍の服部卓四郎中佐(当時)や辻政信少佐(当時)など日本陸軍の北進論者の多くは、ソ連軍の実力を思い知り、以後、「日本の生命線は南方にあり」と言わんばかりの南進論者に転向し、折から南進を主唱していた日本海軍の武断派と相乗して、この2年後、日本は、真珠湾と南部仏印(今のインドネシア)への進軍に始まる一連の太平洋戦線での戦闘に突入し、結果として、400万人もの日本人が命を落とすことになりました。

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第一次の戦闘は五分 第二次で壊滅的な敗北

さて、ノモンハン事件は、第一次(1939年5月から6月にかけて)と第二次(同年7月から9月にかけて)の二期に分かれます。大雑把にいうと、第一次事件の勝敗は五分五分で第二次事件はボロ負け、特に、第二次事件では、投入された第23師団(指揮官:小松原道太郎陸軍中将)の76%、この第23師団を補強するため、関東軍の精鋭第7師団から増強された第26連隊(指揮官:須見新一郎陸軍大佐)の91%が死傷するという凄惨な結末を迎えました。

 

ノモンハン付近図(国史大辞典から引用)

ノモンハン付近図(国史大辞典から引用)

これら一連の戦闘での日本軍将兵の死傷者は、少なく見積もって1万8千名、多い見積もりでは2万3千名にのぼり、戦車30両、航空機180機を失うという日本軍創設以来の大損害を被ったばかりか、戦闘目的であった満洲とモンゴルとの間の国境線画定すら実現できないという、得るもののほとんどない戦闘だったというのが定説です。

最近の研究でソ連側の被害のほうが多かったことが判明

これに対して、かなり最近まで、ノモンハンにおけるソ連軍は、統制の行き届いた軍隊と高い技術を用いた最新兵器のため、戦闘による損害は軽微だったと言われてきました。しかし、ソ連が崩壊して多くの文献が明らかになるにつれ、実は、ソ連軍の損害は、日本軍とは比較にならないほど大きかったことがわかってきました。

二度にわたるノモンハン事件のソ連軍死傷者は、少なくとも25,655名、その他、戦車などの装甲車両400両、航空機350機が破壊されました。

つまり、日本軍は、言われているほど惨敗したわけではなく、苦しみながらも相当健闘したことが伺えるのです。

ただ、戦闘の勝ち負けという意味では、戦争目的を実現できなかった日本の敗北であることに違いはなく、ただ、この戦闘でいかなる教訓を得たのかが、その後の両国の命運を分けることになったのは間違いないようです。

ハルハ川へ向かって進軍する日本の戦車隊(Wikipediaより)

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教訓を取り入れた勝者ソ連の一方で日本は…隠蔽

ソ連軍は、この戦闘で、日本軍のとった様々な戦術を取り入れ、兵器にも改良を施して、1941年6月に始まるドイツとの戦争に応用した結果、最終的には勝利を収めることができました。

これに対して、日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心します。帰還した将兵には箝口令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭するなど、戦闘から得られるはずだった教訓を充分に生かし切れなかったのです。

この戦闘で得られたはずの、近代戦争を戦うための技術と能力を培うことができていれば、その後の歴史は多少違ったものとなったように思えてなりません。

みはぎのまりお・記

参考資料:ゴールドマン(山岡由美訳)『ノモンハン1939』みすず書房、2013




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