国盗り物語レビュー

大河ドラマ感想あらすじ

大河ドラマ『国盗り物語』ってどんな作品?50年前の道三や信長描写が面白い

コロナ禍の影響もあり、途中で放送休止を余儀なくされた大河ドラマ『麒麟がくる』。

同作の休載中に流されたのが過去作品の名場面集でした。

そのうち注目度の高かったのが『国盗り物語』でしょう。

昭和48年(1973年)に第11作として放映された古い作品ながら、舞台が斎藤道三の美濃や織田信長の尾張などですから、どうしたって『麒麟がくる』を意識しないわけにはいかない。

とはいってもさすがに50年前の作品であります。

一体どんな作品だったのか?

全体をレビューするのではなく、国盗りと麒麟、両作品の特徴にポイントを絞って振り返ってみましょう。

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染谷・信長は若すぎる?

大河ドラマで若手俳優を起用することは伝統です。

『麒麟がくる』では染谷将太さんが織田信長を演じられ「あまりに若過ぎる」という批判があったものでした。

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では『国盗り物語』ではどうだったか?

まるで10作目までの重厚さからの脱却を目指したかのように、同作の出演者や制作者はフレッシュな顔ぶれであることが特徴でした。

ざっとキャストを見てみますと……。

『国盗り物語』
主要メンバー

高橋英樹さん(織田信長)
松坂慶子さん(濃姫
近藤正臣さん(明智光秀
火野正平さん(羽柴秀吉

今見るとかなり重厚感のある方々ですが、当時はまだ20代。

大河でフレッシュな美男美女を見ることは当たり前のことでもありました。

むしろ『麒麟がくる』のキャスティングの方が、平均年齢が高くなっているほどです。

 

「三英傑」のキャスティングは難しい

ではなぜ染谷将太さんの信長は、若く幼いと言われてしまうのか。

それは大河ドラマが常に抱えるジレンマに他なりません。

大河ドラマで初めて信長と秀吉が登場したのは、昭和40年(1965年)の第3作『太閤記』でした。

この両者があまりに名演であったためか、昭和53年(1978年)第16作『黄金の日々』においても同役で再登板を果たしたのです。

伝説の再登板は大河名物のようで、

・役者の経歴
・高齢化

という問題も孕んでおりました。

信長・秀吉・家康の三英傑は、日本の芸能界でもトップクラスのベテランが演じるということになってしまうのです。

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享年50だったはずの信長が、どう見ても還暦を過ぎ、本能寺で大立ち回りをする……そんな珍現象がお約束となったのです。

さらに、後世のイメージから年齢差もおかしくなります。

三英傑の年齢は、

・信長(1534年生まれ)
・秀吉(15337年生まれ)
・家康(1543年生まれ)

とそのまま並びます。

しかし、例えば家康には老獪さがつきまとうためか、信長よりもかなり老けた見た目もお約束となってゆきました。

かくしてベテランが器用されるようになり、大河の視聴者層も高齢化を招くことは避けられないことでした。

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こうした状況にトドメをさすような現象も2019年に発生します。

緒形拳さんのご子息である緒形直人さんが、父そっくりの豊臣秀吉像を演じる。

しかも緒方直人さんのご子息である緒方敦(あつし)さんまで出演。

そんな記念的ドラマが、NHKではなくAmazonプライムの『MAGI』(→link)で放映されたのです。

大河ドラマの伝統が海外ドラマへ――そんな苦い流れが生じたのが2010年代末でした。

 

『麒麟がくる』では

「誰も見たことのない三英傑像を一から構築する」

と明言されています。

今までの大河で築き上げたものを一度洗い直し、再出発をかざる。

2020年代の大河は、再構築から始まります。

したがって、三英傑がミスキャストである(特に信長が若すぎるのでは?)と疑念を持たれることこそ、挑戦の証でもあるんですね。

話が脱線しました。

『国盗り物語』そのものへと戻させていただきます。

 

道三は“稀代の女たらし”だったのか?

『国盗り物語』の前半部は、斎藤道三のサクセスストーリーが中心となります。

このサクセスですが、原作当時の世相もバッチリ反映しており、

金!
欲!
色!

というドストレートな内容でした。太い毛筆フォントでお願いしたいぐらいです。

道三が京の油問屋・奈良屋の女主人お万阿をたらしこむ。道三は稀代の女たらしのモテモテ設定。つまり、そういう展開が入ります。

これは昭和の歴史小説あるある現象でもあるんですが、側室、くノ一、女商人相手の無駄にエロい展開がお約束だったのですね。

かつて歴史モノは、成人男性が読むものであるという認識がありました。

特に戦国幕末であれば男性作家が書き、サービスとしてお色気を入れる。史実的根拠は二の次のお約束だったのです。

装丁が渋い歴史小説だと思ったらエロい話ばかりで困惑した。格調高い文体で描かれているけれども、やっていることは島耕作シリーズでは……と言った困惑も出てきます。

編集者から「エロを増やしてくれ」と頼まれ、しぶしぶ入れたという作家の話が語られることもあります。

こうした意識は、実は令和現在も消えておりません。

毎年夏頃になると「視聴率テコ入れのために女優が脱ぐ!」という大河ニュースが、週刊誌あたりで飛び交い始めます。

ネット動画でいくらでも見られる時代に一体どういうことなのか?

お茶の間に需要はあるのか?

そう突っ込みたくなりますが、実は風物詩だったんですね。

『麒麟がくる』の序盤でも、遊女屋のバストアップチラ見せが、やたらと反応を集めておりました。

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