日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

その日、歴史が動いた イタリア

西暦301年に出来た世界最古の共和国・サンマリノって?

更新日:

 

「一寸の虫にも五分の魂」ということわざがあります。
ちっぽけに見えるものでも、それなりの誇りや気概を持っているという意味ですね。ものすごく乱暴に言うと「のび○君だって、いざというときにはジャイ△ンに一人で立ち向かう度胸があるんだぞ」という感じでしょうか。
耳をなくした猫型ロボットの世界とは関係ありませんが、本日はこのことわざがしっくりきそうな、とある小さな国のお話です。

301年9月3日は、サンマリノ共和国が創立したといわれている日です。

さっそく「そこどこ?」というツッコミが聞こえてきた気がしますので、まずは場所の確認から行きましょうか。
といってもありがたいことに、とてもわかりやすい目印があります。

イタリアのふくらはぎに位置するサンマリノ(実際は内側の赤丸よりももっと小さく、面積はわずか61.2平方kmしかない・東京都大田区とほぼ同じ大きさ)/wikipediaより引用

 

面積は、八丈島や大田区ほどしかないが

ヨーロッパの地図の中でも、一際目立つものの一つがイタリア半島ですよね。
そのふくらはぎのあたりにあるのがサンマリノ共和国です。
世界の国々を面積の小さい順に並べると5位にランクインするほどの小さな国(61.2平方km)ですが、1700年もの歴史を持っているということになります。
日本で例えると、東京都八丈島(72.62平方km)や大田区(60.42平方km)とだいたい同じくらいです。へぇへぇへぇ。

ちなみに、狭い狭いといわれる我らがニッポンは、広い順で62位だそうで。平地が少ないのであって、国土が狭いわけではないんですよねー。
ついでにいうと、ドイツとほぼ同じ面積だったりします。人口と労働時間は……(´;ω;`)

気を取り直して、サンマリノのお話です。
この国は、マリーノという名の職人さんがローマ皇帝から逃げてきたことから始まったといわれています。
彼はキリスト教徒だったのですが、当時のローマ帝国ではまだキリスト教が公認されておらず、迫害を受けそうになっていました。
その割にローマから随分近いような気がしますが、交通手段が未発達な時代のことですし、マリーノが来たのはティターノ山という山だったので、見つからずに済んだのでしょう。

何はともあれ、マリーノは信仰を同じくする人々と共同体を作り、国の礎を作りました。そしていつしか国そのものを聖人の敬称「サン」とマリーノの名を取って「サンマリノ」と呼び始めたのです。
そもそもの成り立ちが生活共同体だったので、政治形態も自然と共和制になったんですね。

 

スポンサーリンク

ローマ教皇いわく「君たちは独立国家です」

文献上にサンマリノという名前が出てくるのは、10世紀半ばのこと。
単純に考えて600年くらい政治の表舞台からは忘れられていたことになります。すげえ。

こんな小さな面積ではそもそも国になりえるのかどうかが怪しいものですが、実際にも度々カトリック教会や近隣の貴族の脅威に晒されたことがありました。
しかし、1631年にときローマ教皇が「君たちは独立国家です」というお墨付きをつけたため、ナポレオン戦争やイタリア独立戦争でも残り続けることができたのです。
興味深いことに、イタリア統一の英雄のひとりジュゼッペ・ガリバルディ(赤シャツ隊の人)をかくまったこともあるそうで。そりゃイタリアとしても無碍には扱えないですよね。

しかし、第二次世界大戦ではさすがに影響を受けずにはいられませんでした。
サンマリノは中立を宣言していたため、イタリアでの戦闘が始まった際、10万人もの難民が押し寄せたのです。
さらに、あろうことかイギリスが誤って空爆をしてしまったため、民間人の死者が出たこともあります。でも数十人で済んでいるのがスゴイというかなんというか。
数の大小の問題ではありませんが、不幸中の幸いとでも思わないとやってられないですね。

 

スポンサーリンク

ほとんどイタリアじゃん!と思うのですが……

戦後も独立を保ち続けていますが、実質的にはイタリアの保護国に近い状態だそうです。
というのも、人口が3万人程度しかいないので、自国民だと裁判その他公平でなければならないときに都合が悪いのだとか。それなら裁判沙汰になるような事件や訴訟も起きないだろうと言いたいところですが、残念ながら人が集まればいさかいが起きるものです。
言語もイタリア語なので、イタリアから裁判官が出張してくるのが慣例になっているそうで。
近いからあまり違和感がないのかもしれませんが、独立国家同士と考えると結構えらいこっちゃな話ですよね。裁判だから内政干渉にはならないのかもしれませんが。教えてエ□い人。

イタリアとは言語も民族もほぼ同じ、さらにユーロも使えるとなるとほとんど独立国家の意味がないような気もしますが、そこは伝統や気概というものなのでしょうね。

日本とは企業同士の交流もあるようですが、日本に住んでいるサンマリノ人はお一人だけだとか。逆にスゴイですね。
2012年のデータなので、もしかすると今はまた増減しているかもしれませんけども。
なぜ日本に住もうと思ったのか聞いてみたいものです。
イタリア料理が日本人の舌に合うのと同様に、イタリア人やサンマリノ人にも日本料理はおいしく感じられるのでしょうか。教えてエ□い人(二回目)

スポンサーリンク

長月 七紀・記
参考:サンマリノ/wikipedia サンマリノ共和国/外務省

 

 





1位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


2位 わろてんか主人公
吉本せい波乱の一生


3位 西郷隆盛49年の生涯!


4位 史実の真田幸村とは?


5位 最上義光 名将の証明


6位 ホントは熱い!徳川家康


7位 意外と優しい!? 織田信長さん


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?


注目 わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか毎日のあらすじ感想レビューは……

-その日、歴史が動いた, イタリア

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.