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その日、歴史が動いた

信長も?明治天皇も?古代エジプト人も! 日本人なら知っておきたい糖尿病の歴史

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医学の発展によって、昔は不治の病とされてきたものも治療できるようになってきました。
それでもまだまだ完治はできないものもありますよね。
となれば、医学が未発達だった時代の人々は、現代人よりもずっと病気を恐ろしく感じていたことは想像に難くありません。
それだけに、治療法が見つかったときの喜びもひとしおだったでしょう。
本日はそんな病気の一つを取り上げたいと思います。

1876年(明治九年)9月6日、ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウドが誕生しました。
例によって「誰それ?」という声が聞こえてきそうですが、現代人にとっては欠かせないものを発見した人です。
ヒントは「生活習慣病」。ついでにいえば、日本では6人に1人が罹患するともいわれているあの病気絡みです。

この時点でわかった人も多そうですが、マクラウドは糖尿病治療の鍵となる、インスリンを発見した人でした。
しかも発見からたった2年で実用化を成功させるという快挙を成し遂げ、ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
正確には共同研究者がいまして、その人のほうが先にインスリンを発見していたともいわれますが……賞金などを分け合うことで、穏便に解決したということなので大丈夫だ、問題ない。

 

3500年前のエジプトでもすでに糖尿病があった?

というわけで、本日は糖尿病と歴史上の人物のお話です。
糖尿病のメカニズムや対処法がわかったのは近年の話ですが、この病気と思しき記録はもっと昔からありました。
古いところでは、紀元前1550年ごろのエジプトの資料に「やたらとトイレが近くなる病気がある」と書かれています。
3500年前のことなんてイメージがわきませんが、ツタンカーメン王の時代より200年くらい前の話です。この頃のエジプトは「新王国」と呼ばれる時代で、最も栄えた時期でした。
また、旧約聖書の「出エジプト記」(モーセが海を割る話とか)もこの時代のことといわれていますので、極端な話をすれば、モーセが接した人々の中にも糖尿病患者がいたかもしれないということになりますね。

 

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楊貴妃を追いやった将軍安禄山も患者だった?

また、古代ギリシアや中国でも、似たような病気が発見されていました。
糖尿病(仮)へ最も意欲的に取り組んだのは、中国の医師たちだったようです。
この病気そのものに効くとされている薬や、予防するための薬など、いろいろなものが考え出されています。
とはいえ、全ての患者が完治したわけではなく、病状が進んで失明してしまった人もいたようですが。
その一人が安禄山という唐時代の将軍で、しかも反乱の真っ最中に目が見えなくなったというのですから恐ろしい話です。
当時は天罰とでも受け取られたでしょうね。楊貴妃が玄宗から死を賜ったときの反乱なので、楊貴妃の祟りなんて噂も出たんじゃないでしょうか。

薬で改善したといわれている人では、漢王朝の武帝がいます。
この人は「前半生は名君だったが、後半は……」というタイプの皇帝でした。日本でいえば、江戸幕府五代将軍・綱吉と似た感じですかね。やってることまでは同じじゃありませんけども。
そこを考えると、治って良かったのか悪かったのかビミョーな感じがしますね。

ギリシアで見つかっているからには、ヨーロッパでも珍しい病気ではなかったわけで、他にもたくさんの偉人が「糖尿病だったんじゃないか」といわれています。
「音楽の父」バッハや、「発明王」エジソン、画家のセザンヌ、フランスの小説家バルザックなど、糖尿病もしくはそれに起因する病気で亡くなったと思しき著名人は数多くいます。
今でも芸能人や政治家で糖尿病にかかっている人がいますから、さほど驚くことではないのかもしれませんね。記録に残っていないような人でも、糖尿病患者はいたでしょうし。

 

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「この世をば月〰」と言っているうちに飽食三昧でメタボとなった道長も

さて、日本史で糖尿病だっただろうといわれている有名人といえば、やはり藤原道長でしょう。
道長に限らず、当時の貴族は「運動不足」+「朝晩の食事で酒を飲む」+「醸造技術が未熟だったため、酒がきちんとアルコールになっておらず糖分満載」という糖尿病まっしぐらの生活を送っていました。
特に藤原摂関家(道長の血筋)は「飲水という病で亡くなった」という人の記録が多々あるため、「糖尿病になりやすい体質が遺伝していたのでは?」ともいわれています。
平安時代の貴族のおかずって、塩漬けにしたものや乾燥したものばかりで、新鮮なのは野菜くらいだったようですし。実質はともかく肉食は基本的にダメな上、京都は海から遠いため、新鮮な魚が口に入ることもほとんどなかったでしょう。

 

痩せていても関係ない!信長も?明治天皇も?

他に有名どころでいうと、織田信長にも糖尿病だったと思しき症状が記録されています。
肥満してはいなかったものの、信長は酒を好まず甘党だったこと、晩年にはやたらと水を飲んでいたこと、同時に頻尿であった・足の痺れに悩まされていたといわれています。
信長には高血圧説もありますし、体調面では意外に現代の中年に近い感じだったのかもしれませんね。

また、明治天皇も糖尿病及びその合併症である尿毒症で亡くなったといわれています。
明治天皇も信長と同じく、肥満してはいませんでしたが大の甘党でした。あんぱんを気に入るくらいですしね。その辺のお話は「あんぱん記念日」の記事でどうぞ。

面白いことに、信長や明治天皇に近しい人で、全く糖尿病にかからず長生きした人もいます。徳川家康と昭和天皇です。
二人とも麦飯を常食していて、あまり酒や甘いものを好まなかったことが良かったのだとか。
また、この二人のように肉より魚・大豆製品でたんぱく質を採る人は、糖尿病になりにくいといわれています。

テキトーにまとめるとやはり「質素な和食で塩分もひかえめに」がいいのでしょうが、好きなものはそうそうやめられませんよねえ。
ただ単に長く生きればいいというものでもありませんし、「健康のためなら死んでもいい」みたいなことになったら人生つまらないですし。
現代でははっきり原因がわかっている病気ですから、不本意な死に方をしないための知識として、頭に入れておく程度がいいのではないでしょうか。

おしえてまり先生〰

長月 七紀・記

「現役女医まり先生の歴史診察室」

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参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・ジェームズ・リチャード・マクラウド
https://ja.wikipedia.org/wiki/糖尿病

 





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