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イギリス その日、歴史が動いた

傲慢?強欲? 発明家リチャード・アークライト 特許も取り消されるほど憎まれた晩節

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「人生山あり谷あり」とはいえ、やはり最後は山もしくはプラスの方向で終わりたいもの。
その過程に問題があると、谷のままで終わることもままありますよね。いわゆる「晩節を汚す」というやつです。

1732年(日本では江戸時代・享保十七年)12月23日に誕生した、イギリスの発明家リチャード・アークライトの一生もそんな感じでまとめることができそうな気がします。

何やらカッコイイ姓ですが、やってることがあんまりカッコよくないんですこの人(´・ω・`)

なんだか悪人風に描かれておりますが……/Wikipediaより引用

 

若き頃は理髪師・かつら職人として働いていたが

リチャードは、イギリス・ランカシャーの地で13人兄弟の末っ子として生まれました。
……他の記事でもたびたび書いていますが、いくら乳幼児の死亡率が高いからといって、なんぼなんでも子供作り過ぎじゃないですかね。
この大所帯のため、リチャードは幼い頃学校に通えず、イトコから読み書きを習っていたのだそうで。現代だって、13人も子供がいたら全員高等教育を受けさせるのは至難の業でしょう。

ある程度成長してからは、理髪師・かつら職人として働くようになります。いつ頃から働いていたのかはっきりわからないのですが、20歳前後で自分の店を持っているので、10代半ばくらいからでしょうか。
この時点で発明に興味を持ち、かつらに使う染料を生み出したりしていたとか。
音楽家の肖像画などを見るとわかりますが、当時はかつら=オシャレ用品だったので、今とは違う意味で需要があったのです。

しかし、流行とはいずれ過ぎ去るもの。かつらの需要が落ち始めると、リチャードは別の商売を思いつきました。

染料を使うものといえば、繊維業。当時のイギリスでは産業革命とインド植民地化が進み、繊維や織物の需要と供給が格段に増していきました。
リチャードはそこに目をつけたのです。

 

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布は織れても、原料の糸が足りんのじゃあ~

繊維業の中で、特に改善が求められていたのは糸の紡績でした。綿花から綿を採ったとしても、一度糸にしなければ布は作れません。
織るための機械は既に改良が進んでいたのですが、効率的に糸を作る機械はまだ作られておらず、まだ糸車による手作業が主流でした。
喩えたら、「クリスマスケーキの予約が殺到してるのに、材料のクリーム作りが手作業なので追いつかない」ような感じでしょうか……あまりいい例えじゃないですね(´・ω・`)

リチャードは時計職人のジョン・ケイという男とともに、紡績のための機械を作り、一山当てようと考えました。
ジョンとともに織物の産地であるノッティンガムに移り住み、既にあったジェニー紡績機という機械の改良にトライ。水流を使い、効率的に糸を紡ぐ「水紡機」という機械を作ります。

この機械はそれまでのものより扱いが簡単で、強く撚られた糸を作れるものだったので、安価かつ大量に綿糸を生産することが可能となりました。

かくしてリチャードは、それまでの機械を改良化しては特許を取り、工場を作って利益を生み出していきました。

1775年に作られたアークライトの水紡機/Wikipediaより引用

 

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腹部と共に態度も肥大化 特許を取り消されるほどに

残念だったのは、成功するに従い、リチャードがその腹部と共に態度を肥大化させてしまったことでしょう。
彼は、同業者や工場の労働者たちからあまり良く思われず、後々リチャードの特許はほとんど取り消されてしまいます。

開発の協力者の功績がほとんど伝わっていなかったり、それまで手作業で糸を作っていた職人たちに工場を破壊されたり、13時間という長時間シフトを組んだり、まだ齢一ケタの子供を働かせていたりと、アレな逸話も多々あります。

複数ある肖像画のどれもお腹が出まくっている上にふんぞり返っているのがいい証拠ですよね。

こっちの肖像画も構図は似てますな/Wikipediaより引用

 

当時の肖像画は、現代でいえば選挙ポスターのようなものです。選挙ポスターは顔しか写りませんが、もしも「m9(^Д^)プギャー」みたいな表情の候補者がいたら、誰も投票しませんから。
それでいて、リチャードは特許取り消しの後に、ときの国王・ジョージ3世からナイトの称号をもらっていたりするのですが……。

国王からすれば、「経緯はともかく儲かったからおk」ってことなんでしょうか。
まあ……理屈としてわからなくはないですが、気分のいい話でもないですよね。

あまり知られていないだけで、もしかするとリチャードのような人はたくさんいるのかもしれません。おおこわいこわい。

長月 七紀・記

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参考:リチャード・アークライト/Wikipedia ジョン・ケイ(紡績機)/Wikipedia いずみ書房/Wikipedia

 





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