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欧州 その日、歴史が動いた アフリカ

紀元前からの世界的都市アレクサンドリア なぜここまで繁栄、姿を変えて継続できたのか

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「古の都」と聞くと、それだけでもうロマンが広がりますよね。
現実にある都市を思い浮かべるのはもちろん、ゲームや漫画でもだいたい一か所は出てきますし。
本日は時代と共に役割を変えて存続してきた、とある街のお話です。

紀元前332年1月20日は、エジプト・アレクサンドリアの建設が開始されたといわれている日です。

古代史の例によって、年が一年ズレてたり日付が微妙に違ったりする説もあるのですが、今回はとりあえずこの日のこととして扱わせていただきます。たぶんテストに出ないし(ボソッ)。

アレクサンドリアの夜景/wikipediaより引用

 

ドデカ建築物が多数存在! とりわけ大灯台はデカ過ぎて……

「アレクサンドリア」は、かつて複数の都市につけられた名前でした。
アレクサンドロス大王が遠征先で、自らの名を冠する都市としていくつも作ったからですが、エジプトの場合は歴史上、大きな立ち位置を占めています。

まず、アレクサンドロス大王の部下だったプトレマイオスがここを首都として、プトレマイオス朝エジプトを作りました。絶世の美女として名高い、クレオパトラ7世の王朝ですね。
この王朝の時代に、アレクサンドリアは大きく発展していくのです。それは精神的にも実質的にも、はたまた物理的な意味も含みました。

というのも、アレクサンドリアには現在の基準でもデカい建築物が数多く存在していたからです。

一つは、アレクサンドリアの大灯台です。建てられていた島の名前をとって、「ファロス島の大灯台」とも呼ばれます。
これはプトレマイオスが「やっべ、この辺目印になるものが何もないじゃん。船の出入りがしにくいじゃん。何か作らないと!」(※イメージです)という目的で作ったものです。
ただし規模がデカすぎて、完成したのは彼の息子の代でしたが。その間、船の出入りはどうしてたんでしょう。篝火をたくさん立てるくらいしかできなさそうですけども。

アレクサンドリアの大灯台/wikipediaより引用

 

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所蔵の価値あれば原本を没収し、写本を返すという荒業

もう一つは、アレクサンドリアの大図書館です。
所蔵数の多さ・多彩さで有名ですが、蔵書数を増やすための手法が少々乱暴ではありました。

当時アレクサンドリアに入る船は、積み荷の書物を全て没収され、大図書館に入れるかどうかを精査されていたそうです。この時点で一歩間違えば検閲ですが、当時まだそういう概念はなかったのでスルーでした。

そして、「所蔵の価値アリ」と判断されると原本から写本を作り、その写本と補償金を持ち主に返すというやり方をしていたのです。
ぶんどって「ハイおしまい」ではなく一応アフターフォローをしているあたりは良心的ですけども、もしサイン本みたいなものだったら持ち主涙目ですよね。

そのおかげでこの大図書館には、理系文系問わずあらゆる文書と知識が集まりました。また、それを求めてアレクサンドリアは学術都市として栄えていくことになります。

その他、英語の「ミュージアム」の語源になったと云われる「ムセイオン」という研究所も設置されており、これらの施設で研究していた哲学者たちが私塾を開くことによって、多くの学問が発展していきました。
プラトンの「アカデメイア」や、アリストテレスの「リュケイオン」などが有名ですね。

アレクサンドリア図書館の内部(想像図)/wikipediaより引用

 

女性学者も活躍できる環境だった?

また、女性の学者も存在していました。
ヒュパティアという4世紀頃の人で、数学・天文学などの講義と研究をしていたといわれています。「アレクサンドリア」(原題・アゴラ)というタイトルで映画化もされていますので、ご存じの方もいらっしゃるでしょうか。
が、キリスト教徒から「あの女は神の教えに反することを広めている」と批難され、私刑に遭って殺されてしまいました。

彼女の死をきっかけに、他の学者たちもアレクサンドリアから亡命してしまい、アレクサンドリアは衰退の道をたど……るかと思えば、そうでもありません。

キリスト教の拠点の一つになったからです。

アレクサンドリア総主教座(キリスト教の重職の一つ・総主教がいるところ)が設置されてからは、なおのことそうでした。

その後、イスラム教国家のウマイヤ朝によって征服されています。当時のイスラム国家は「聖書使ってる宗教の人は、税金上乗せすれば改宗しなくてもおk」ということになっていたので、総主教座も続いたものと思われます。
この「聖書を使って同じ神を崇める宗教はおk」という考え方を「啓典の民」といいます。ここはテストに出ます(`・ω・´) たぶん。
信者数を考えると、「人類みな兄弟」に一番近い考え方かもしれませんね。

 

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現在は工業都市として発展を続けている

そんなわけで、アレクサンドリアはギリシア・ローマ文化とキリスト教・イスラム教が混ざり合い、ますます学問が発展していくことになります。
特に数学の発展はめざましいものでした。現在私達が使っているアラビア数字も、インドからアレクサンドリアやイスラム世界にやってきた「ゼロの概念」などから生まれたものです。

また、インドと陸海両方で行き来しやすいという立地から、大航海時代にはヨーロッパとの中継地として栄えていくことになります。
アフリカ南部を経由する航路が見つかってからは下火になったこともありました。しかし、19世紀にエジプトで綿花の栽培が盛んになると、その輸出のため再びアレクサンドリアが利用され、再三発展することになります。

そして今日では、工業や化学分野でも発展し、工業都市として発展し続けています。
「紀元前からある都市が、姿を変えながら栄えている」例というのは、おそらくアレクサンドリア以外にないのではないでしょうか。
紀元前から残っている都市は他にもありますけどね。

ちなみに、現在のアレクサンドリアは、エジプトの中では冬寒くなるそうです。カイロに比べるとアレクサンドリアのほうが雨が多いぶん、冷えやすいのだとか。

夏は最高45℃だそうですが。さすがエジプト。

長月 七紀・記




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参考:アレクサンドリア/wikipedia

 

 




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