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その日、歴史が動いた アメリカ

世界一の都市・ニューヨークはいつ誰によって作られ、そして発展を遂げたか

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人や政治の流れも面白いものですが、人間が作る土地(町)の歴史もまた味わい深いもの。

地形や位置、地場の産業などで知名度は大きく変わっていきますし、有名な割に歴史的な事象に関わり少ない場所もあれば、ほとんど無名にもかかわらず、たった一つの出来事だけで世界中の誰もに知られている地名もあります。
本日はその中で、世界で最も有名な地名といっても過言ではない、あの町の歴史を見ていきましょう。

1665年(日本では江戸時代・寛文五年)6月12日は、初代ニューヨーク市長トーマス・ウィレットが選出された日です。

アメリカが名実ともにイギリスから独立したのが1783年なのに、その100年以上前からニューヨーク市長がいる……というのは何やら妙な気もしますが、これは同市の歴史を追いかけていくと腑に落ちるかと思います。
さっそく順を追って見ていきましょう。

ニューヨーク都市圏の中心部を写した衛星写真/Wikipediaより引用

ウォール街は文字通り「壁」があったところ

ヨーロッパ人が現在のニューヨークの地にやって来たのは、1524年のことだとされています。イタリア人が、ニューヨーク湾周辺を初めて探検したのです。
以降、西洋人による調査が進み、約100年後にはオランダ人が現地のインディアンから土地を購入して、オランダ領ニュー・アムステルダムが誕生しました。
これが町としてのニューヨークの始まりです。

当時はインディアンが狩猟や漁を行って暮らしていたそうですから、まさに大自然という様子だったことでしょう。現在のニューヨークを知っているととても想像がつきませんが、どこの町だって大昔にはそういう時代があったんですよね。

実は、ニューヨークの中心部である「マンハッタン(島)」も、インディアン部族の一つ・レナペ族の言葉で「丘の多い島」を意味します。日本にもアイヌ語を由来とする地名がたくさんありますが、それと似たような感じでしょうか。

その後、オランダ人はこの地を自分にとって住み良いものにすべく、さまざまなものを建てました。
キリスト教の教会はもちろんのこと、1653年にはあるエリアに木の杭を並べた壁が築かれています。これが現在、世界有数の金融街である「ウォール街」の名の由来です。文字通り「壁」があったところだから、この名前なんですね。
ちなみに、この壁ができた頃、ニューヨークの人口は1500人程度だったとか。なかなかイメージしにくい人数ですが、現代の日本では少し大きめの市のお役所にいる職員くらいでしょうか。
……あんまりわかりやすくないですね(´・ω・`)

 

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しばらくイギリスとオランダで取り合いが続き……

それはともかく、少しずつ人が増え、町ができていくにつれて、新たな移民もやってきました。
港も整備され始めましたが、まだまだ自然も多かったため、工事に携わる人々はマラリアに恐れおののいたとか。マラリアは蚊を媒体とした寄生虫によって起こる病気ですから、当時は湿気が多い土地だったのでしょうね。

冒頭のトーマス・ウィレットは、だいたいこのあたりの時代の人です。

その後、イギリスがこの地に目をつけ、しばらくの間イギリスvsオランダの取り合いが続きます。
最初にイギリスのものになったとき、「ニューヨーク」という名前が生まれました。その後も一度オランダのものになり、「ニューオレンジ」と改名したそうですが、最終的にイギリスのものになりました。さらにその後アメリカが独立したため、イギリス由来の名前で定着したようです。

独立以降、ニューヨークはさらに発展し、一時期はアメリカの首都になったこともありました。
その後、新しくワシントンD.C.が作られたため、首都のポジションこそ譲りましたが、重要な都市としての役目はむしろ大きくなっていきます。

ちょっとこの辺で余談を挟みましょう。

 

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なぜ首都はワシントンなのか?

学生の頃、地理の授業で「アメリカの首都はワシントンD.C.だ」と習ったとき、「何でニューヨークじゃないの???」と思いませんでした?

実は、独立戦争中、ニューヨークはイギリスに占領されたことがありました。そのため、アメリカでは「首都はもっと安全な場所にあるべき」という考えができたのです。
地図で見るとわかりやすいかと思うのですが、ニューヨークが直接大西洋に面しているのに対し、ワシントンD.C.は少し入り組んだ位置にあるんですよね。もちろん防御のためです。
その他にもいろいろ細かい理由がありますけども、その辺の話をするとどんどんニューヨークから離れてしまうので、ここまでにしておきましょう。

そんなこんなで町が大きくなるたびに人口も増え、ニューヨークがどんどん雑然としていくことを懸念したお偉いさんたちは、1811年にとある政策を取りました。
「そうだ、道を真っ直ぐにすればいいじゃない」と。
こうして、マンハッタン島が碁盤の目状に区画整理されることになりました。どこの国でも考えることは同じですね。

 

1930年代と今の姿が大きく変わらないのが底力

街の整備が進んでしばらく経った19世紀の半ば頃、今度はヨーロッパやアジアからの移民がどっと増えてきます。
アイルランドのじゃがいも飢饉や、ドイツ・中国の政情不安、イタリアでのコレラ・マラリアの流行などが主な理由で、それぞれの国からはるばるニューヨークへやってくる人々がいたのです。

当然、ほとんどの人は英語を母語としていませんから、言葉の通じる者同士で集まって暮らすようになりました。これがリトル・イタリーやチャイナタウンの発祥です。

セントラル・パークが着工した1859年には、これらの移民を含めて人口30万人を越していたといいますから、その規模がうかがえるというものです。移民局もこの頃作られました。

その後はニューヨーク万博や、「摩天楼」と呼ばれる数々の超高層建築によって、ニューヨークは世界有数の大都市になっていった……というわけです。

1930年代の写真でも、現在とほぼ変わらない姿ですから、この間のアメリカの成長ぶりがうかがえます。

発展や近代化が進めば何もかもうまくいく、というわけではありませんが。

長月 七紀・記

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参考:トーマス・ウィレット/Wikipedia ニューヨーク/Wikipedia ニューヨーク市の歴史/Wikipedia

 





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