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その日、歴史が動いた アメリカ

だから銃規制は進まない? 200年前に発明されたコルトのリボルバー拳銃と米国憲法

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人類の歴史は戦争の歴史であり、同時に技術発展の歴史でもあります。もっといえば「戦争によって技術が発展したケースが非常に多い」ということになるでしょうか。
平和利用に転じてくれれば良いのですが、中には軍事的な用途のまま一般に広まってしまったものもあります。
本日はその最大の例と思われる、とあるモノのお話です。

1814年(文化十一年)7月19日は、銃器メーカー・コルト製造会社の創始者であるサミュエル・コルトが誕生した日です。

彼はリボルバー拳銃の発明者でもあります。弾の入った弾倉がクルクルと回る、ロシアンルーレットに使われるアレですね。
一体どのような経緯で、発明・起業に至ったのでしょうか。

【TOP画像】コルト・パイソン/wikipediaより引用

 

父親は繊維工場を経営 そこで機材や技術に興味を抱く

コルトは、ニューヨークの北東にあるコネチカット州で生まれました。

幼いころに母を亡くし、父が再婚したのと同じ年に農場で働くようになります。学校には通えたそうなのですが、そこで聖書の代わりに科学の辞典を読むような少年だったそうです。
そこで火薬や発明者に関する記述を読み、さらに街角でライフルに関する話を聞いたことで、武器への関心を強めていきました。

そのライフルの話というのが、当時専門家がこぞって「不可能だ」と言っていたことを実現したものだったので、コルトは「いつか僕もスゴイ銃を作ってやるんだ!」という物騒な夢を持つことになります。

15歳のとき父親の繊維工場で働き始めたものの、コルトの関心は仕事の内容よりも、工場の機材や技術だったようです。
父親としては跡を継いで欲しかったようで、交易に関して学ばせるため、コルトを商船に乗せて学んでくるように言いつけました。旅の間に船の動輪を観察しているうちに、リボルバーの構造を思いついたとされています。確かにどっちも回転しますね。

 

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諸国を巡って技術を勉強 アメリカ帰国と同時に特許を取得す

父の勧めで行った旅でしたので、コルトは再び父の元で働き始めます。そして父に長年の夢の話をし、協力を頼みました。
一応協力はしてもらえたのですが、あまりいい職人を用意してもらえず、コルトの思い描くような拳銃は作れなかったとか。このとき拳銃を二丁作っていて、そのうち一丁が暴発したそうです。二人とも無事だったんですかね。

「もうちょっといろいろな勉強をしないと、いい銃は作れない」

そう考えたコルトは、工場の化学者をはじめ、アメリカやカナダのあちこちを回って勉強をスタート。ときにはイギリスやフランスにまで行ったこともありました。徒労に終わった部分もありましたが、ついでに腕のいい職人を見つけることもできたので、プラマイゼロというところでしょうか。

リボルバーの構造は既に頭にあったので、コルトはアメリカに帰国すると同時に特許の取得を行い、お金を集めてコルト特許武器製造会社(コルト製造会社の初名)を設立します。

それまでは火縄銃の銃身を短くした「短銃」はあったのですが、「懐に入れて携行でき、使う時は引き抜いてすぐ撃つ」というのはほぼ不可能でした。
フリントロック式という点火方式ができて携行は楽になったものの、イマイチ信頼性に欠ける面があり、まだまだ火縄銃方式の銃も現役だったのです。
コルトがリボルバー、もっといえば「拳銃」を開発したことで、「信頼性・携帯性」が良く、誰でも使える武器になりました。

しかし、それがアメリカの銃社会の元になります。扱いが簡単になれば使う人が増えるのは当たり前ですが、ね……。

 

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米墨戦争でいきなり1000丁もの受注

リボルバーはあっという間にアメリカに広まり、1847年の米墨戦争(アメリカとメキシコの戦争)では政府から1000丁もの発注を受けました。コルト特許武器製造会社ができてから、たった11年後のことです。

その後、南北戦争によって拳銃の需要がさらに高まり、1871年には全米ライフル協会も設立されたことで、アメリカにとって銃は欠かせないものになっていきました。
国としての黎明期からこういう存在だったので、アメリカでは銃規制が進みにくいんですね。

コルトが1855年に発表したM1855 リボルビングライフル/wikipediaより引用

また、アメリカ合衆国憲法修正第2条に「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」(ウィキソースの非公式翻訳文より)という記述があることも、大きな影響を与えています。

合衆国憲法には公的な和訳がないので、翻訳によりニュアンスが変わっている可能性もありますが、「民兵」と「人民」が同一視されているのが問題のような……。民兵は有事の際”臨時に”武装した人たちのことだと思うのですが。
というか、民兵が存在する状態が明らかに健全ではないですよね……それを「憲法に書いてあるから」というだけの理由で正しいと思う感覚が理解できません。
それに、あれだけ乱射事件が起きてるのに「規律ある民兵」ってギャグとしか。アメリカ英語だと規律の意味が違うんですかね。

16世紀ドイツのもの・当時は実用からかけ離れていて、貴族のステータスシンボルだった/wikipediaより引用

 

アメリカでは「銃を持てることは自由の一環」

残念ながら、修正第2条に基づく考え方は、アメリカではかなり根強いようです。

海外の掲示板を覗いてみた感じでは、アメリカでは「銃を持てることは自由の一環」という考えが多数派のように思えました。もちろんアメリカは州によって規制が多いですし、人によって大きく異なるでしょうけれども。

それに対する他国(条件付きで銃所持可能な国含む)の反応は「ゑ?」って感じの人が多いようでした。治安が悪いとされる国も同様だったので、アメリカだけがやはり異質なようですね。

アメリカが州法よりも法的効力の強い「全土で統一された基準の」規制をかけない限り、この問題を解決するのは無理なのかもしれません。

最高裁判所が2008年に「修正第2条は個人の武装権を認めるもの」という判決を出してしまったので、それでもキツそうですが。

長月 七紀・記

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参考:サミュエル・コルト/wikipedia 銃規制/wikipedia アメリカ合衆国憲法/wikipedia

 





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