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その日、歴史が動いた アジア・中東

日本人にはわかりづらいインド・パキスタンの分裂劇 それでもガンディーは「許す」と言った

更新日:

 

8月になると、日本では多くのメディアが終戦に関する特集を組みますよね。
しかし、アジアの多くの国にとっては、新たな歴史を歩み始めた時期でもあります。
本日はその一つ、日本にとっても浅からぬ縁がある、あの国のお話をご紹介しましょう。

1947年(昭和二十二年)8月15日は、インドとパキスタンが宗教上の理由により分離・独立した日です。

宗教対立というとやはりキリスト教vsイスラム教や、中東のイメージが強い方が多いかと思いますが、他の地域でももちろん存在します。
その中でも、インドとパキスタンはかなり根深い原因を抱えていました。この日、両国の分離が決まったのも、その解決を図るためです。
数百年前の段階から、ざっくりとみていきましょう。

【TOP画像】マハトマ・ガンディー/wikipediaより引用

 

かつてヒンドゥーとイスラムは平和に共存していた

この地域にイスラム教が伝わったのは、通説によると711年のこと。
元々あらゆる民族・宗教が混在していたので、当初はその一つとして扱われていたと思われます。

しかし、デリー=スルタン朝やムガル帝国などの大きな国ができると、「支配者がムスリム、民衆がヒンドゥー教徒」という構図になりました。
このときはどちらの国も宥和政策を取り、共存することを選んでいます。皇帝がヒンドゥー教徒の有力な家から妃を迎えることもあり、決して粗略にはされていませんでした。
ムガル帝国のアウラングゼーブ帝(六代目の皇帝/タージ・マハルを作った皇帝の息子)はイスラム以外の宗教に厳しい政策を取ったものの、地方や一般人の間ではさほど変わらなかったそうです。

インド建築を代表するタージ・マハル/wikipediaより引用

この時期は文化面でも、イスラム教とヒンドゥー教が合わさってできたものがたくさんみられます。
絵画や建築、そしてこの二つが融合してできたシク教などです。今ではそうでもありませんが、一昔前までは「インド人の男性は頭にターバンを巻いている」というイメージが強かったですよね。あれはシク教の習慣なんだそうですよ。

また、言語の面でも、この地域の言葉にペルシア語やアラビア語が混ざってできた「ウルドゥー語」というものができています。これは現在パキスタンとインドの一部の州で公用語になっていますね。
そのままの状態が続けば、インドとパキスタンは分離せずに済んだのかもしれません。

 

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大航海時代を経てイギリスが同地域を植民地化

しかし、大航海時代を経て、ヨーロッパ諸国がアジア地域に目をつけるようになると、この地域も他人事ではいられませんでした。

イギリス東インド会社がやってきて、イギリスの綿製品を大量に売りつけるようになったのです。この頃のイギリスは既に産業革命が終わり、「世界の工場」となっていました。

これによりインドの手工業者は大打撃を受けた上、イギリス東インド会社が農村から直接税を取り立てたため、地域の経済は悪化。
人々は1857年のインド大反乱(=シパーヒーの反乱・セポイの乱)で抵抗しましたが、力で押さえつけられてしまいました。
そのためムガル帝国は滅亡し、インド一帯は本格的にイギリスの植民地となります。

1877年からはヴィクトリア女王を皇帝とする「インド帝国」として、英国の直接支配下に。そこでイギリスはインド帝国の支配において、さまざまなカテゴリによる分割統治を用いるのですが、その中に宗教による分割も含まれており、この政策に対するヒンドゥー教徒・ムスリムの反応の差が今日の対立に続くのです。

 

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西洋化するヒンドゥー 反発するムスリム

ヒンドゥー教徒は元々他の宗教に比較的寛容だったこともあり、西洋文化や英語教育にも積極的でした。
西洋化していく社会の中で、医師・弁護士・役人などの信用のある職業にも就きやすくなっていきます。

しかし、ムスリムは真逆の反応をしたため、全体的に見て社会的地位が低くなってしまいました。

上記の通り、イギリスの支配下に入る前のインド地域において、ムスリムは支配者の宗教=少数派でした。少数派かつ社会的成功が難しいことから、ムスリムたちは「自分たちは差別されている」と感じるようになっていきます。
そして、ヒンドゥー教徒へ反発・憎悪を抱くようになってしまうのです。

こうした状況の中、イギリスは世界大戦などの理由によりコロコロ政策を変えて、インドの人々を振り回しました。

これに憂いを抱き、ヒンドゥー教徒とムスリムの融和を図りながら、インドの独立を勝ち取ろうとしたのが「非暴力・不服従」で有名なマハトマ・ガンディーです。ガンディー自身はヒンドゥー教徒でした。

しかし、既に両者の対立は根深いものになっており、ガンディーの志はなかなか理解されず、ときには死傷者が数百人も出るような大きな衝突も起きてしまっています。

 

ガンディーを暗殺したのは過激なヒンドゥー教徒であった

さすがにイギリスもマズイと思い始めたのか、「議会にヒンドゥー教徒・ムスリム・その他の宗教・不可触民その他のカテゴリで議席を割り振るから、それで手打ちにしよう」と持ちかけたこともありました。

しかし、これこそ宗教問題の固定化に繋がるとして、ガンディーは反対・無期限断食で抵抗します。

イギリスはこの提案を引っ込めようとしたものの、ムスリムからは支持されたため、結局採用されることに……。

もはやどうにもならないと考えたイギリスは、第二次世界大戦後にインドを含めた植民地の独立を承認します。そしてそのついでに、インド独立法を制定して「ヒンドゥー教徒が多数派のインド」「ムスリムを主体とするパキスタン」に分離させることで、問題解決を図ったのです。

もちろん、法律で綺麗に片付くほど簡単な話ではありません。双方の信者が混在する地域では、衝突事件が何回も起きています。

実際このときも、ガンディーは反対していました。インド連邦としての独立式典にも参加しなかったほど。個人的にムスリムの住む地域を訪ね、ヒンドゥー教徒との和解を説いてまわっていましたが、「ムスリムに寛容すぎる」とイチャモンをつけてきた過激なヒンドゥー教徒によって暗殺されてしまっています。

いつでもどこでも、「俺様が気に入らないからブッコロす」と考える輩は絶えず、本当に許しがたい行為です。ただ、ガンディーはそれでも暗殺者たちを「許す」というゼスチャーをして亡くなったという話も伝わっているほどで、計り知れない度量の持ち主であるのですが……。

 

印パ戦争に繋がるカシミールの領有権

そして、両国の分離・独立の際、もう一つ火種が生まれてしまいました。
イギリスは、地方については「藩王国」として地元の有力者に治めさせていたのですが、そのうちの一つであるカシミールが、インドとパキスタンのどちらに属するか、態度を明らかにしなかったのです。

インド・パキスタン両国の北部にあるカシミール地方を巡り、争いが絶えず……/wikipediaより引用

このためにカシミールの領有権を巡って、二度のインド=パキスタン戦争(印パ戦争)が起きています。三回目は理由がちょっと違うのですが、近年では両国とも核を保有していますので、さらに緊張が高まりました。
さらには中国も絡んで、余計に面倒なことになっています。

現状となっては、インドとパキスタンが一つの国に戻ることは難しいのかもしれまん。が、せめて友好に向けて双方で努力をしてもらいたいものです。

この二国の戦争を利用する国が出てこないとも限りませんしね……。

長月 七紀・記

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参考:インド/wikipedia パキスタンの歴史/wikipedia 印パ戦争/wikipedia 世界史の窓

 





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