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その日、歴史が動いた イタリア

天使の画家フラ・アンジェリコ 元祖?地上に舞い降りた天使たちの

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「天使」といえば、何を連想するでしょうか?
古くから描かれている「頭の上に輪っかが浮いていて、羽の生えている人物」を思い浮かべる人もいれば、「天使の”ような”」人物を想像する人もいるでしょうね。
今回は後者の意味で「天使」と呼ばれていたらしい、とある聖職者のお話です。

1455年(日本では康正元年)2月18日は、イタリア修道士&画家のフラ・アンジェリコが亡くなった日です。

といっても、これは後々ついたあだ名のようなもので、本名ははっきりしていません。
イタリア語でフラは「修道士」、アンジェリコは「天使のような」という意味だそうです。
英語の「アンジェリカ」、ドイツ語の「アンゲラ」など、女性名で天使に関連するものは多いですが、男性でこういう意味を持つあだ名が付くのは珍しい気がしますね。
イタリア語やスペイン語には、男性名で天使に由来する名前もあるようですが。

フラ・アンジェリコ/wikipediaより引用

【TOP画像】フラ・アンジェリコが埋葬されたサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会

 

あえて地上に舞い降りた天使や聖母を描く

彼は一般家庭に生まれたようで、生年を含めて幼いころのことはよくわかっていません。
最初の記録は、1417年にカルメル修道会系の信心会に入信したことです。このときは「グイード・ディ・ピエトロ」と書かれているので、これが本名かと思いきや、1423年の記録では「フラ・ジョバンニ」と書いているのがよくわからんところです。
前者が本名で、後者が洗礼名でしょうかね。

1417年には既に画家として生計を立てていたそうなので、1390~1395年頃に生まれたと考えられています。
兄・ベネデットが修道士と装飾写本作家をやっていたそうなので、若い頃のアンジェリコも、兄と一緒に働いていたのかもしれません。

そのうちフレスコ画や祭壇画も描くようになり、カトリック教会の中で画家としての名声を高めていきました。
初期の作品は現存していないものが多いのですが、ロンドンのナショナル・ギャラリーには列福されたドミニコ派の修道士250人以上に囲まれるキリストの祭壇画が保存されているそうです。

1436年にはフィレンツェのサン・マルコ修道院に移り、当時のメディチ家当主コジモ・ディ・メディチと知り合って、スポンサーになってもらっています。中世イタリア+フィレンツェ=メディチ家の話になるのはお決まりですね。
コジモは修道院の内部装飾や壁画をアンジェリコに依頼しました。アンジェリコの代表作のひとつ、1439年の「マエスタ」もサン・マルコ修道院に描かれたものです。

それまでの宗教画は神聖性を強く印象づけるため、聖母子(聖母マリアとキリスト)や聖人、天使などを宙に浮いた構図にすることが多かったのですが、アンジェリコはあえて地面に立たせて描きました。まさに「地に足の着いた」表現といえますね。

聖ドミニコ教会の聖者と聖母子』/wikipediaより引用

 

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あえて高価な絵の具を排してリアルな日常に迫る

人間にとって、聖母子などをより身近に感じられる構図となったこのスタイルは、その後「聖会話」と呼ばれるようになり、ラファエロなど他の画家も多く描くようになります。
評判はバチカンにも届き、1445年にはときのローマ教皇・エウゲニウス4世に呼び出されています。

この頃には既に弟子も取るようになっており、弟子たちと協力してバチカン宮殿・ニッコリーネ礼拝堂のフレスコ画を作りました。
聖ステファノと聖ラウレンティウスの生涯を描いたものですが、アンジェリコはデザインのみで、制作を手掛けたのはほとんど弟子だともいわれています。
まあ、1390年代生まれだとすればこの頃は50代ですから、そういう立場になっていてもおかしくはない……ですかね。

いつ頃から「フラ・アンジェリコ」と呼ばれるようになったのかはわかりません。
1449~1452年には修道院長も務めているので、聖職者としての責任感やら慈愛やらも身につけていたと思われますし、となると「天使のような」とあだ名されても納得はできますね。

彼の人格がうかがえそうなエピソードとして、こんなものもあります。
「高いものを使えば見栄えが良くなる」というのはよくある話ですが、アンジェリコはそれに真っ向から反対する絵をいくつか手がけているのです。その代表例が1437~1446年までの9年間をかけて描いた「キリストの変容」という作品でした。
当時、特に青系統の色は高級なもので、それだけに身につけられる人もあまりいませんでした。聖画ではそれが神聖さを強調することにもなったのですが。

しかし、アンジェリコは修道士たちが日常的に着ている緑・黒・白などを多用し、「この絵に描かれているのは、キリストがかつてこの世に存在し、体験した出来事なのだ」ということを強調したのです。

『キリストの変容』/wikipediaより引用

 

また、彼の名を冠した「フランジェリコ」というリキュールの発祥も、似たような雰囲気が漂っています。
ヘーゼルナッツとベリー系の果物・花を使った甘いお酒なのですが、アンジェリコが托鉢僧だった頃、野生のヘーゼルナッツから作った酒をアレンジしたものといわれているのです。

フランジェリコ/wikipediaより引用

現代人からすると「聖職者がお酒を作るの?」と疑問になりますが、昔は究極の薬を求めてあっちこっちの協会でお酒の醸造をやっていたので、アンジェリコがリキュールを作っていてもおかしくはありません。
そういうものを作ろうとしたのは、托鉢のために巡っていた土地で重病人を見かけたとか、そういった理由があったのでしょう。
まさか「いい薬使って売りさばいて儲けてやるぜグヘヘ」なんてゲスい理由ではなかった……はず。

彼に限らず、歴史上の人物の正確な言動を知ることは困難ですが、こうして逸話や事績などから人格を推測するのもなかなか楽しいものです。

長月 七紀・記

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参考:フラ・アンジェリコ/wikipedia フランジェリコ/wikipedia

 





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