松江豊寿/wikipediaより引用

明治・大正・昭和時代 その日、歴史が動いた

松江豊寿の会津魂が「坂東俘虜収容所」で感動の第九を鳴り響かせた

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明治五年(1872年)7月11日、松江豊寿(とよひさ)が誕生しました。
後に板東俘虜収容所の所長になる方で、映画「バルトの楽園」の主人公でもありますね。

映画では松平健さんが演じてらっしゃいましたが、ご本人もか洋風のヒゲと軍服が似合うイケメンだったようで、正装の写真が実にカッコイイです。

ただ、やはり映画は創作なので、実際の人物像からすると多少脚色されているきらいがあるみたいですね。

今回は史実の松江について注目してみましょう。

 

会津で元藩士の子として生まれる

彼は今の会津若松市で、元会津藩士の家に生まれました。

映画では「会津藩の人々は斗南藩(現・青森県)に移住させられ、苦労したのを間近に見て育った」ということになっていましたが、実際には前年に廃藩置県で会津に戻っているため、見ていないということになります。

ただ、お父さんは実際に斗南藩へ行っていたそうですので、詳しく聞く機会はあったでしょうね。

会津藩士たちが直面した斗南藩での暮らしは生死に関わるほど厳しく、以下の記事にまとまっておりますのでよろしければご確認ください。

斗南藩の生き地獄~元会津藩士たちが追いやられた御家復興という名の流刑

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16歳で陸軍幼年学校に入り、19歳で陸軍士官学校になるなど、順調に軍人としての教養を身につけていきます。

出世のスピードも遅くはなく、22歳で歩兵少尉になっているので成績は良かったのでしょう。
その後もあっちこっちで副官に抜擢されたり大隊長になったりと、冷遇されていたような節はありません。表向きは。

 

賊軍出身だから捕虜に優しい?

坂東俘虜収容所(徳島県鳴門市)の所長に任じられたのは、ドイツ人捕虜が日本に来た後=収容所ができるのとほぼ同時でした。

「賊軍側の家に生まれたからこそ、捕虜達を人道的に扱った」といわれていますが、維新後の生まれであることからすると「罪を憎んで人を憎まず」という感覚のほうが近かったんじゃないでしょうか。
他にも会津出身の収容所関係者はいたでしょうし、ここに来たドイツ兵たちがほとんど志願兵=一般人だったことも大きそうです。

陸軍士官学校のカリキュラムにドイツ語の授業もあったようで、松江自身がどこまで話せて捕虜達と直接意思の疎通ができたのかははっきりわかりません。
おそらくカンタンな会話はできたでしょうけども。

映画「バルトの楽園」では他のドイツ映画と比べて松江もドイツ人たちもかなりゆっくり喋っていましたから、あんな感じだったんでしょうかね。

※坂東俘虜収容所を舞台にした映画『バルトの楽園』(→amazon link

 

今も続くバンドーの絆

坂東の収容所自体が第一次大戦終結と共に使われなくなりました。

このため、松江がドイツ人捕虜たちと過ごした期間は3年弱といったところなのですが、ここを起点とした交流は今も続いています。

捕虜たちが帰国直前に「ここにいる間に亡くなった者の慰霊碑を作りたい」と言っていたことが直接のきっかけになったようです。
彼らがこの地を去った後、この慰霊碑は一時期忘れられてしまいましたが、第二次大戦後周辺住民によって発見され、手入れがされるようになりました。

そして報道によりこのことを知ったドイツ大使や領事が坂東を訪問し、さらに広く知られていくことになります。

また、元捕虜たちは帰国する者と日本に残る者に分かれましたが、どちらも板東のことを忘れはしませんでした。

帰国組は母国で「バンドーの会」という団体を作って元捕虜同士の交流を続けており、上記の経緯からか戦後「今の様子を知りたい」という手紙が板東に届きます。
こうしてやり取りが始まり、板東でも「ドイツ人を偲ぶ会」が作られ、収容所跡地の様子を収めたフィルム(ビデオ)がドイツに送られました。

もちろん慰霊碑の様子も写っており、一時忘れられていたとはいえきちんと守られていたことを知った元捕虜たちは、感謝の念を込めて大麻町(収容所付近の新しい町名)へお金を送り、町はそれを使って慰霊祭を執り行いました。

また、その後元捕虜の娘さんが来訪したり、ドイツ・リューネブルク市と鳴門市との交流がされるようになっています。
一年おきに親善大使が行き来するそうで、街同士の交流としては結構大掛かりですよね。

この逸話がお好きな方、ドイツに行きたい方は鳴門市の職員になるといいかもしれません。
動機が不純でもちゃんと仕事やれば大丈夫でしょう。多分。

長月 七紀・記

【参考】
日本人名大辞典
松江豊寿/wikipedia
国際留学生協会

 



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