医療や工事現場、あるいは食品関係等で事故防止のために掲げられている標語でして。
文字通り
「ヒヤリとした」
「ハッとした」
タイミングでは、事故が起きかねないから注意しなくてはいけないという意味です。
大きな事故の前には300件ものヒヤリ・ハットがあるとも言われており、日頃、些細なことにどれだけ注意しているか、そしてどれだけの対策を施せたかによって自/公式サイトより引用を未然に防止できる――というものですね。
しかし歴史を見ていると
「このくらい平気さ」
と思い込んだことによって、悲劇が生まれた例も多々あります。
1910年(明治四十三年)3月1日。
アメリカ合衆国ワシントン州のウェリントン付近を走っていたグレート・ノーザン鉄道で雪崩事故が発生し、死者96人、負傷者22人の被害が出ました。
除雪しては雪が降り積もり、全く前に進めない
普通、事故はいつ起きるかわからないものです。
なので突然起きたものであれば仕方がありません。
しかし、事の経緯を見てみると、なんとも言いがたいものが今回の事故。
明らかに、犠牲者をもっと減らせたタイミングがありました。
同年2月21日からの豪雪のため、この地域一帯は数メートル単位の積雪を記録していました。
日本でもよく聞く話ですが、除雪作業を行っても一晩経てばまた同じ高さに降り積もる――そんないたちごっこ状態で、何とも手のつけがたい状況だったようです。
グレート・ノーザン鉄道は大陸横断鉄道の一つで、事故が起きた列車も除雪作業を待ちながら少しずつ西へ進んでいました。
乗客からの不満を抑えるため、そして「ちょっとずつ進めば大丈夫さ」という楽観視といった感情的な理由によって運行が続けられたようです。
それまでの間に周辺で
【何回も雪崩が発生していた】
にもかかわらず、です。
今より伝達手段が未発達とはいえ、雪崩の音は聞こえていたと言います。
危険な状況であることは皆わかっていたはずなのですが……。
乗務員に当たり散らす者や乗客同士のイザコザも
しかも、途中で食事のため乗客たちはウェリントンの町に行っているのです。
それなら町で復旧を待てば良いですよね……?
しかし一分一秒でも惜しかったのか、ほとんどの乗客は再び列車に戻っています。
車内では苛立って乗務員に当り散らす人もいたそうで、当然のように乗客同士のいざこざもありました。
一人が「危険だからトンネル内まで列車を戻せ!」と言えば、別の一人が「煤で息が詰まるだろ、バカじゃねーのw」と反論するなど、実にイヤな雰囲気だったようです。
不幸中の幸いといっていいのかどうかは微妙なところですが、たまたま神父さんが乗り合わせており、2月27日(日曜日)にはミサをやってくれたので、車内は一時落ち着きを取り戻したとか。
しかし、運の悪いことに、ここに来て周辺の気温が上昇。
降り続いていた雪がみぞれに、みぞれが雨になり、さらには南風が吹いてきました。
雪崩が起きる要素が完璧に揃ってしまったのです。
線路は変更され、結局、街はゴーストタウンに
3月1日、午前1時20分。
真夜中で静まり返った列車に、凄まじい大雪崩が襲いかかりいました。
列車は雪に押し流され、当然ながら乗客も飲み込まれて、ほとんどが帰らぬ人となってしまいます。
救助作業は速やかに行われましたが、いかんせん積雪量が凄まじかったために雪崩の勢いは強く、96名が死亡。
乗組員なども含む乗客は118名でしたので、実に8割もの人が命を落としたのです。
対する生存者は22名です。
最後に発見された女性は「子猫の泣き声のようなか細い声」が聞こえたために見つかったそうで。
後に、生存者が事故の様子を次のように語っております。
「客車は手品師のボールのように、空中に放りあげられてグルグルと回転した。私達は天井と床の間を跳ねとばされて往復した。客車はまるで卵の殻のようにはじけてしまった」
「客車はフワッと空中に浮かび、えもいわれぬ音をたてて谷底へ落ちていった。私は前の方に飛ばされ、気がつくと、パジャマのままで雪の中に倒れていた」/wikipediaより引用(『事故の鉄道史』224-226頁)
重たい列車がいともたやすく吹き飛ばされ、乗客たちが投げ出される様子が生々しく伝わってきて怖いですね……。
ルート変更によってゴーストタウン
その後ウェリントンの町は、この付近を流れる「タイ川(Tye River)」という川の名にちなんで「タイ(Tye)」と変更したそうです。
が、事故の教訓から線路が変更されたため、結局、町は寂れてゴーストタウンに。
建物も焼却処分されたらしいですが、閉鎖されたわけではないので行くことは可能だそうです。
よほどの目的がなければそうそう訪れる人もいないでしょうけど。
日本の首都圏では、数センチの雪でも列車の遅れや運行休止が発生することが珍しくありません。
程度の差はあれ、何かしらの事故が起きるよりはマシだからそうしているのでしょう。
最近は「早く帰ろう」という風潮もあり、かなり好ましい状況にはなってきていますが、未だに駅員さん相手に怒鳴り込んでいる人もいたりしていたたまれなくなります。
「命あっての物種」ですからね。
長月 七紀・記
【参考】
グレート・ノーザン鉄道ウェリントン雪崩事故/Wikipedia