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【文徴明と唐寅】
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そんな文徴明(ぶんちょうめい)は16歳の時、同い年の唐寅(とういん)と運命的な出会いを果たします。
唐寅は、商人の子でした。
身分に関係なく、賢ければ科挙に合格して出世できるに違いない。彼の親はそう見込み、勉強をさせてきたのです。
果たして唐寅はセンスが抜群であり、十代になると“天才”として周囲の注目を集めていたのでした。
当時の蘇州にいた祝允明(しゅくいんめい)は、彼より十歳年上ながら大親友となったほど。
文林も興味を抱きました。次男と同い年の天才少年なんて、これはきっとよい刺激になるはず。かくして交際が始まったのです。
文徴明と唐寅は、性格的には正反対でした。
唐寅は、これまた遊び好きの祝允明にバッチリとその方面でも指導を受け、酒を飲んで芸妓と遊ぶ、パリピ気質。
一方で文徴明はおっとりしていて、生真面目でボーッとしているマイペースなタイプ。
正反対ながらも親友となり、しかも友情のおかげか元気いっぱいになってゆくのでした。
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彼らの科挙挑戦記録
そんな唐寅は、頭がいいのに10年以上遊び呆けておりました。
科挙受験の予備校・府学に所属しているのに、あまりに不真面目、やる気なし。流石に祝允明も忠告しました。
「あのさ、お前、真面目にやる気あるの?」
「わかったよ、本気出すわ!」
唐寅は本気を出しました。すると弘治11年(1498年)、南京での郷試主席合格(解元)を果たすのですから恐ろしい。
このままだったら会試もきっと楽勝だ!
と、全江南の期待を背負って受験するものの、思わぬ失敗が待ち受けておりました。
カンニング事件に巻き込まれて失格&逮捕。受験資格の永久剥奪という手酷い目にあうのです。彼自身は冤罪だったのですから、なんとも悲劇的なことでした。
「ちくしょおお、やってらんねえわあああ!」
唐寅はキレ、傷心を旅行や遊びで癒すと「江南風流第一才子」という印を作り、これからは自分の才能で食っていく宣言をしました。
依頼を記した帳面には、
「利市(大福帳、売り上げ記録)」
と表紙をつけ、完全に開き直るのです。
ちなみに彼は18禁作家という一面もありました。なにせ美人画が大得意! 作品の中には、露出度が極めて高い美人の絵もあります。
では、その周囲はどうでしょうか?
彼の先輩であり、ワルでもあった祝允明。郷試こそ突破したものの、そこまで。定期的に会試を受けてはおりますが、北京旅行のついでに受験する程度のモチベーションでした。
どうせ不合格だろうが、作品を売れば食べていける。息子は合格したし、どうでもいい。それより友達と遊んでしまおう♪
そんなエリートニートライフだったのです。
では、文徴明は?
19歳の時、歳試(地方試験)を受け、こんなダメ出しをされました。
「字が下手くそすぎる。三等!」
字の時点で低ランクという、あまりに厳しいスタート。
ショックを受けた文徴明は、毎日「千字文」十本を書く目標を立て、がんばりました。唐寅はじめ友達が遊んでいる中、律儀にきっちりと書き続けた結果、メキメキと字がうまくなっていきます。
よかったね、これで科挙も合格……できないのです。
明代の科挙は、受験テクニックが必要でした。
洪武帝と家臣の劉基(りゅうき)が生み出した「八股文(はっこぶん)」というテンプレートを習得しなければ、合格できないのです。
明代と清代は、受験テクニックを身につけた、要領がよいだけで人格的に問題がある科挙合格者が出る。そんな弊害があるとされました。
では、文徴明はどうでしょう。
「八股文、好きになれなくて……古文が好きだな〜」
わかった、わかった。それはそれ、これはこれで切り分けようよ――そういう言いたくなりますね。
頑固で生真面目で不器用な文徴明は、受験テクニックを覚えることがついになかったようです。
彼は得意と不得意の差が激しく、父・文林が残した数学関係の書物を「全然理解できない」と焼却してしまったとか。
興味がないことは徹底的にやらない性格は、食べ物に対してもそうで、蘇州名産の楊梅(ヤマモモ)が大嫌いでした。
なぜ食べないのか?とからかわれると、「解嘲詩」(笑われたのでポエムで反論するよ!)を作ってまで、お肉の方がおいしいんだもん、と熱く主張しています。
かくして郷試の段階で、9回連続不合格。ついに会試受験資格すら得られない、そんな不器用ライフを送るのでした。
確かに科挙合格だけが人生でもありませんが、あまりに不器用すぎると突っ込みどころ満載の文徴明。
ちなみに「呉中四才子」のうち、会試まで合格したのは徐禎卿(じょていけい)のみです。夭折したこともあってか、彼の知名度が四人のうちで一番低いのですから皮肉なものです。
蘇州を代表する文人になる
そんなダメ受験生でも、蘇州では皆が注目していました。
なまじ官僚として仕事をしないだけに、芸術をずっと学べる。しかもセンスがある。
父の文林は、中国史上でも屈指の教育パパです。
「お父さんがんばって、いい先生を見つけちゃうぞ〜」
文林は、当時の文人にとって一流の先生を見つけてきました。
文徴明の凄い先生リスト
画:沈周(ちんしゅう/伝説の画家)
書:李応禎(りおうてい)
文:呉寛(ごかん/あのエリート官僚)
文徴明はおっとりしておりますが、ともかく生真面目です。師匠の言葉をしっかり噛みしめ、熱心に学びました。
才能はぐんぐん伸び、蘇州で「ともかくスゴイ」と話題の人となります。
それなのに性格はボーッとしていて、えらぶらないところも大評判。本人は、自分はたまたま有名になっただけ、「虚名かもしれないし……」と常に謙虚でした。
そこがまた、ますます愛されたのです。
科挙に落ち続けても、生活には困りません。彼の作品は、高値でどんどん売れるのですから。
そうなると、需要に供給が追いつきません。贋作も流通してしまう。しかも、贋作者がサインを求めて来て、本人も応じたのですから、もうわけがわからない。
これは今日に至るまで、彼の作品につきまとうややこしさでもありまして。
当時から、このゆるいポーズはつっこまれておりました。
「なんで贋作者の作品にまでサインするの? プライドってもんがないの?」
「だって上手だから……世に出た方がいいかな、って。私よりうまいくらい。私はたまたま評価されているだけかもしれないし……生活費のためだろうし、そんなに頼まれても書けないし……」
何を言っているんだよ〜!
弟子が作っても、特に注意をしなかったそうです。
ただし、宦官一派、諸王侯(皇族)、外国人の偽物は認めなかったそうです。彼なりのこだわりがそこにはあります。
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文徴明&唐寅コンビは蘇州名物
蘇州でセレブとなった文徴明。そしてその親友である唐寅。
彼らはその性格まで、大いに愛され注目を集めました。
残された逸話は、確かに面白い。
◆唐寅、文徴明にお姉さんとの遊びを教えようとする
「アイツって、遊ばないんだよなぁ〜」
モテモテで遊びっぱなしの唐寅は、文徴明も一緒に女遊びをしたらいいのにな〜と迷惑なことを考えていました。
そこで常連のプロのお姉さんたちに、ある作戦を伝授します。
「俺のバディを連れてくるからさ〜、合図したらそいつに遊びってもん教えてくれない?」
「いいけどぉ〜お金弾んでよね〜」
こんな作戦を立てて、わざわざ色街を通過するよう誘導します。予約済みのお姉さんたちに合図をすると、彼女らは誘い始めました。
「きゃ〜イケメンさ〜ん!」
「遊んでいきましょうよぉ〜」
しかし文徴明は、にっこり微笑んでこうです。
「お姉さんたちは、なんだかいたずら好きなんですね。じゃ!」
作戦失敗、そこで第二弾!
◆唐寅、文徴明を船の上で遊ばせようとする
唐寅は諦められません。
「そうだ! 水の上でやってみっか!」
彼は船遊びに文徴明を誘います。船にはこっそりと、プロのお姉さんを潜ませておいたのです。
「船遊びって楽しいな〜」
「ここに綺麗なお姉さんがいたらもっと楽しくね?」
「そういうのはどうかなぁ〜」
「もういたりして!」
「イケメンさんたち、こんにちは〜」
「いいことしなぁい?」
「ギャーーー!」
文徴明は逃げようとしますが、船の速度を上げられてしまい、危険です。
そこで文徴明は、親友が綺麗好きであることを思い出しました。
いそいそと靴下を脱ぎ、彼の前にかざします。
「うわくっさ! 何すんだよ!」
「船を停めないと履かないもん!」
この靴下作戦に唐寅は参り、文徴明は無事逃亡に成功しました。やったね!
※この逸話は、唐寅ではなく銭謙益(せんけんえき)がやらかしたバージョンもあります。
唐寅は、こんなふうにからかいつつも文徴明が大好き。
「あいつといると、心が洗われるみたいな気持ちになるんだよね〜」
文徴明は、そんな親友へのドキドキしてしまう思いを詩に残しています。
ポイント
「月下独坐有懐伯虎」
月下独(ひと)り坐し伯虎を懐(おも)う有り
月の下でひとりぼっち、伯虎のことを考えてる
経月思君会未能
経月(けいげつ)君を思うも会すること未(いま)だ能わず
何ヶ月もきみのことを思っているのに、会えないんだね
空牀想見擁青綾
空牀 見(あ)わんことを想(おも)いて 青綾(せいりょう)を擁す
空っぽのベッドを見ていると会いたくて胸がキュンってなる、青い絹のお布団抱きしめちゃう
若非縦酒応成病
若し酒を縦(ほしいまま)に非ざれば 応(まさ)に病を成すべし
お酒飲みすぎちゃったの? それとも病気?
除却梳頭即是僧
梳頭(そとう)除却(じょきゃく)すれば 即ち是(こ)れ僧なり
髪の毛さえ剃っちゃえば、きみはまるで出家しちゃったみたい……それくらい浮世離れしてるもん
友道如斯誰汝念
友道斯(か)くの如く 誰か汝(なんじ)を念(おも)わん
こんなに友達としてきみのことを考えている奴、いないと思う!
才名自古得人憎
才名 古(いにしえ)自(よ)り 人の憎しみを得るなり
才能ある人って、周囲から憎まれるって昔から言うもんね
夜斎対月無由共
夜斎 月に対するも 共にする由(よ)し無し
書斎で月を見ていても、ぼっちだと切ないだけだよぅ
欲賦幽懐思不勝
幽懐を賦(ふ)さんと欲するも思いに勝(た)えず
この切なさを大長編ポエムにしたいけど、つらすぎてもう無理……
空っぽのベッドでどうしてお布団を抱きしめているのかな?
このころの中国においては、仲の良い友人同士は、ベッドでごろごろしながらおしゃべりするのが伝統なのです。そういうことでいいじゃないですか。
お二人の友情に萌えるのはご自由に! そう、想像は自由です。しかし……。
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