安禄山と安史の乱

安禄山/wikipediaより引用

中国

安禄山と楊貴妃の赤ちゃんごっこが安史の乱へ 数千万人が死す

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小さなボールの上に乗っかって踊るのですが、巨体でありながらこのダンスの時はキレッキレの動きなのです。

キレッキレに動ける巨漢というと、ある年代以上の人は「デブゴン」ことサモ・ハン・キンポーを思い出すかも知れませんね。

 

こうして安禄山は人気者に。

人の心を握ることが得意な安禄山がターゲットにしたのが、無邪気で天真爛漫な楊貴妃でした。

 


楊貴妃と赤ちゃんごっこ 嘘のようなホントの話

安禄山は一回りも年下の楊貴妃に「養子にしてください」と頼み込みます。

ンなアホな!
と思うところですが、楊貴妃はますます気に入ってしてしまい、この申し出を許可します。

そして豪華なおむつをつけた安禄山を輿に乗せて、楊貴妃が入浴させるという遊びまで大々的にやりました。

って、意味不明すぎやろ!

権力のために赤ちゃんごっこをも平気で受け入れる安禄山、おそろしい男です。

我々としては「こんなアホな遊び、歴史に残すなよ」とは思うのですが、誰も彼らを止められません。

そんなとき、象徴的なある事件が起きました。

安禄山が、玄宗よりも先に楊貴妃へ挨拶をする――という粗相をやらかしたのです。

さすがに皇帝をナメすぎ。玄宗もムッとしながら注意すると、安禄山はぬけぬけとこう言うのでした。

「私たち異民族では、父より母を敬うもんで」

これを聞いた玄宗は大笑いします。えっ?

「うまいことを言うのう、ほんまセンスあるわ!」

って、ほんと、もうイヤです、こんな宮廷(´・ω・`)

玄宗と楊貴妃の関係は、主君が寵姫に入れ込んで政治をおろそかにする悪い例として後世有名になりました。

源氏物語』でも、光源氏の母・桐壺更衣の寵愛が過剰であることに、このたとえを用いております。

 


楊貴妃の親族がますます情勢を悪化

安禄山は、ごますりと赤ちゃんごっこだけの男ではありません。

密かに軍事力を強化し、陰では不穏な動きを見せていました。

「安禄山……あれは危険です」

玄宗へ忠告する人もいるのですが、聞く耳を持ちませんし、安禄山も取り入るのがうまいため、なかなかコトは発覚しません。

このころ宮中では、楊貴妃の親族が大きな顔をするようになっていました。

彼女には2人の姉がいて、いずれも見目麗しき美人三姉妹。次女がカク国夫人という女性でした。

彼女の愛人に楊国忠という男がいました。楊貴妃にとっても遠い親戚にあたる彼は、元チンピラのろくでなしで、コネを活用して政権に取り入ります。

そして李林甫の死後、実力を伴わないコネだけで、その後釜に座るのです。

確かに李林甫は、政敵を追いやる狭量な男ですが、同時に政権運営を担うだけの実力も備えておりました。

しかし楊国忠は、所詮は単なるチンピラあがりです。

安禄山は小僧と馬鹿にしており、やがて両者は対立するようになります。

そしてついに安禄山は、史思明とともに、楊国忠打倒を目指して挙兵するのです。

 

名将と忠臣の悲惨な最期

絶大な力を持つ安禄山と史思明は、破竹の勢いで進撃。その前に二人の名将が立ちはだかります。

高仙芝と封常清です。

彼らは不幸でした。

戦術眼に長けた彼らは敢えて戦術的撤退をして防衛しようとするのですが、監軍(軍の監視役)の辺令誠はそれを敗戦だと非難します。

辺令誠は宦官で軍事的なセンスは皆無ですが、玄宗に取り入る力だけはありました。

「素人は黙っとれ」

二将はそう言いたいところでしょう。

が、それも虚しく……冤罪でついに処刑されてしまいます。彼らの後任者はあっさりと安禄山に降伏してしまうのでした。

総崩れの唐軍の中、忠臣として活躍したのが顔真卿をはじめとした顔一族です。

彼らは義勇軍を率いて、捨て身の覚悟で安禄山らの進撃を阻止しようとしました。

顔真卿/wikipediaより引用

なお、顔真卿は書道家としても名高く、その書体は空海にも大きな影響を与えたほどです。

台湾国立故宮博物院でもトップクラスのお宝、顔真卿の「祭姪文稿」。その出来に感激した鑑賞者がハンコを押しまくってます/wikipediaより引用

顔杲卿も、劣勢の中粘りました。

そしてついに捕らえられ、安禄山を罵り続けます。

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