秦檜

秦檜/wikipediaより引用

中国

ヤツは売国奴か平和主義者か? 今も評価が揺れ動く南宋の秦檜と岳飛

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秦檜と岳飛
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「秦檜だけは絶対に許さんぞ!!」

こうして岳飛父子の命と、多額の賠償金を引き換えに、南宋は金と和睦を結びました。

そのあと死に至るまで、秦檜は政敵を排除し、自らを悪く書いた文書は廃棄し続けます。

子孫は歴史文書管理係につけ、彼のしたことを隠蔽させるようにしたとされます。

しかし、そんな努力も虚しく……。

「なんて酷い奴なんだ、秦檜!」

「秦檜だけは絶対に許さんぞ!!」

後世の人々は、無実の岳飛を死に追いやり、女真族相手に屈辱的な和睦を結んだ秦檜に憎悪をぶつけ続けることになるのでした。

岳飛が関羽と並ぶ武神として敬愛された一方で、秦檜は憎しみの対象となったのです。

関羽
関羽は死後が熱い!「義」の代表が「万能の神」として崇敬されるまで

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曹操あたりは「敵だけど強い」部分もあります。

が、秦檜の場合憎悪を全力でぶつけてよい対象とされ、かなり酷い扱いを受けています。

秦檜と王夫人が跪く像・唾棄してもよいものとされてきました/wikipediaより引用
photo by helennawindylee originally posted to Flickr as 油條

※ドラマ版『岳飛伝 THE LAST HERO』(公式サイト)でも秦檜は悪そうに描かれております

一方、こちらは杭州の岳飛廟・関羽と並ぶ武神として扱われております/wikipediaより引用 photo by Peter Potrowl

 

和睦ってそんなに悪いことだろうか?

しかし、秦檜については見方を変えれば「そこまで悪くない」とも言えるわけです。

最初はスパイとして金との和睦路線を望んだのかもしれませんが、本当に心の底から「和睦しかない」と思っていた可能性もありますよね。

捕虜の時代、金の国力を見る機会はあったわけですから。

無実の罪で岳飛父子を処刑に追い込んだことは、確かに悪事です。

ただし、これには中国王朝の宿命的事情もあります。

中国史をみていくと、滅亡にはいくつかパターンがあります。

・権力を持ちすぎた家臣や、軍事勢力が力を持ちすぎて、崩壊する(漢、魏、唐)

・異民族の侵攻によって崩壊する(宋、明、清)

「狡兎死して走狗烹らる」(ずる賢い兎が死んでしまったら、猟犬もいらなくなるから食われてしまう=敵が滅んだら、功績ある将軍も粛清対象になる)

そんな言葉もよく言われることです。

政権内に強すぎる勢力、特に軍事的な力を持つ者がいると、謀叛を起こして王朝をひっくりかえしかねないわけです。

異民族を倒す力も必要だけど、その力が王朝の存在をおびやかすようになったら、始末せねばならない。そんな難しいパワーゲームをしなくてはいけなかったのです。

もし秦檜による和平路線が頓挫し、金と戦い続けていたらどうなったのでしょうか。

度重なる戦乱で国土は荒廃し、もっと酷いことになっていたかもしれません。

将軍のうち誰かが野心を燃やし、宋を滅ぼしていたかもしれません。

確かに屈辱的な和睦ではありました。

しかし、金と南宋が元に飲み込まれるまでの一世紀の平和を、秦檜は作り出したと言えなくもないでしょう。

逆に争い続けたまま元の時代を迎えることになっていたら、どれだけの惨状があったことか。

小説や講談での秦檜は、極悪非道の男とされました。

その一方で、歴史家たちから定期的に「冷静に考えてみれば、秦檜ってそんなに悪くないんじゃないの」と再評価される人物でもあるのです。

 

好戦的な岳飛か、老獪で和平主義者の秦檜か

この傾向は、現代の中国においてもそうなるでしょう。

かつては敵対した満州民族も、今では中華人民共和国を構成する少数民族のひとつです。

そうなったからには、ことさら敵対したかのように描くのは難しくなりつつあり、ドラマや小説でも気を遣った描写となっています。

さらに外交情勢を見ますと……何かと好戦的な別の超大国に対して、余裕があって平和を好む大国としてふるまうのが、国家的な建前となっているように思えますね。

となると、お手本とすべきは、好戦的な岳飛か、老獪で和平主義者の秦檜か。

さて、どちらがふさわしいでしょう?

無実の罪で岳飛父子を処刑したことについて、秦檜は弁解しようがありません。フィクションの中では陰険な男として、これからも描かれてゆくことでしょう。

ただし、国の舵取りの見本としては、その評価が変わる可能性は否めない。

現実的な和平主義者として、彼の外交手段は高い評価に値する日が来ても不思議ではないでしょう。

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文・小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
井波律子『裏切り者の中国史 (講談社選書メチエ)』(→amazon

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