シャーロック・ホームズ像/photo by Siddharthkrish wikipediaより引用

イギリス

シャーロック・ホームズが19世紀の英国に生まれた理由~名探偵渇望の時代

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近代捜査とジャーナリズムで犯罪がエンタメ化

犯罪捜査を見守り、推理することは、知的ゲームとして庶民の間に根付き始めました。

こうした近代犯罪捜査と同時に発達したのが、娯楽賭しての読書やジャーナリズムです。

おどろおどろしい殺人事件の記事は、庶民にとってはたまらなく興味をそそられるものでした。

ヴィクトリア朝に生きる人々は興味津々で犯罪記事を読みあさり、殺人現場に押し寄せては「幽霊が出るかもしれないよ!」「血しぶきがここにも飛んだかな!」なんて盛り上がっていたのです。

殺人をモチーフにした歌を歌ってはしゃいだりなんかして。不謹慎ですね。

イギリス人って残酷で悪趣味だなあと思うかもしれませんが、これは明治時代の日本でも同様でした。

人々はどぎつい錦絵で描かれた犯罪場面に興奮し、河内十人斬りという凶悪殺人が起こると、犯行内容を河内音頭の演目に取り入れたほどです。

高橋お伝、夜嵐おきぬ、花井お梅といった女性殺人犯は「毒婦」と呼ばれ、小説の格好のネタでした。

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近代犯罪捜査とジャーナリズムの隆盛により、犯罪がエンタメしたわけですね。

そもそも現代人にしたって、犯罪を報道するワイドショーやゴシップ雑誌、インターネットサイトに夢中ですからね。

人間という種の本能(適応)なのでしょう。

 


刑事じゃダメだ! 名探偵よ、出てこい!

労働者階級でありながら、上流階級の悪にすら踏み込む刑事。

はじめのうちこそ庶民の喝采を浴びた彼らですが、庶民は次第に彼らの捜査に失望し始めます。

科学捜査だなんだとひっさげて登場しながら、あいつらはちっとも事件を解決できてないじゃないか――そんなふうに庶民が考えるようになったのは、犯罪捜査を解決できない事例があったからです。

中でも1888年の「切り裂きジャック」事件が未解決のまま迷宮入りしたことで、庶民は不満を爆発させました。

娼婦が立て続けに惨殺され、あざわらうかのような手紙が新聞社に届く大胆な犯行。

「切り裂きジャック」事件は、百年前ならば誰か適当な人物が犯人として逮捕処刑され、「ラトクリフ街道殺人事件」と同じような経過をたどったことでしょう。

百年後に発生していたのならば、物的証拠の多さからして解決に至ったのではないかと思われます。

近代犯罪捜査の黎明期であればこそ、迷宮入りしてしまった事件でした。

「切り裂きジャック」は5人殺害したとされていますが、実のところこの認められた5人以外にも被害者がいたのではないか、とされています。

それだけロンドンで未解決の殺人事件が多く発生していたということです。

こういう時、皆が考えることは今も昔も変わりません。

「警察は何をやっているんだ!」

不安を抱えたロンドン市民は、新聞で事件について読みながら、素人なりにいろいろと推理します。

そしてこう考えるわけです。

「犯人は目撃されているし手紙だってある。それなのに犯人が見つからないとは。刑事どもときたら無能だ。こんな時、何でも解決できるすごい人がいれば」

「この間『ストランド・マガジン』に掲載されていた小説に、すごい名探偵が出てきたぞ。彼が実在すればなあ」

シャーロック・ホームズの登場は、切り裂きジャック事件の前年。

第一作『緋色の研究』はさほど売れませんでしたが、第二作の1890年発表の『四つの署名』はヒットを飛ばします。

ロビン・フッドが弓矢で悪と戦うかわりに、シャーロック・ホームズは知力で事件を解決します。

まさに時代が望んだ新たなヒーローが誕生したわけです。

そんなホームズはしばしば、作中でレストレードはじめとするスコットランドヤードの刑事たちを無能だと馬鹿にしますが、庶民の願望が反映された設定、と言えるかもしれません。

ホームズシリーズは、庶民の願望と時流に乗ったのです。

 


当時の時流に乗ったからこそのヒット

ホームズシリーズのヒットは、作者のコナン・ドイルにとっては不本意なことではありました。

「殺人だの犯罪だの、庶民の下品な覗き見欲求を満たす、読者や時勢に媚びたような小説じゃないんだよ。私はもっと高尚で、普遍的で、気高い人間の精神を称揚するような、そんな作品が書きたいんだけどなあ」

ドイルが本当に書きたかったのは、重厚な歴史小説でした。

しかし読者は気高い英雄よりも、死体や謎解きの方を読みたがるのです。

ホームズシリーズがヒットすればするほど、ドイルはなんだかなあ、何か違うんだよなあ、と複雑な感情にかられ、ついにドイルは、ホームズをライヘンバッハの滝にたたき落として殺したりしてしまいます。

しかしドイルは、ファンだけではなく実に母親からも、

「なぜホームズを殺したんだ!」

と詰め寄られる羽目になり、結局はホームズシリーズを書き続けることになるのでした。

※詳細は以下の関連記事を御覧ください

『シャーロック・ホームズ』生みの親アーサー・コナン・ドイルの素顔

金を生み出す金の卵なのに、何故ドイルはホームズを嫌ったかというと『流行に乗っかっているみたいでイヤだなぁ』という作家としての矜持があったんですね。

現代人からすればホームズは古典ミステリなのですが、当時の読者からすれば最先端かつ時流を反映し、当時の世相に乗っかったものだったわけです。

ホームズシリーズが原作であるドラマ『SHERLOCK』や『エレメンタリー』では、ホームズとワトソンのキャラクターはそのまま、舞台を現代に移しています。

こうした設定は大胆な改変のように思われますが、現代の時流、最新の犯罪捜査を反映しているわけですから、原典の精神にむしろ忠実と言えるかもしれません。


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文:小檜山青→note

【参考文献】
『シャーロック・ホームズ大図鑑』(→amazon
『最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』(→amazon
『ラトクリフ街道の殺人』(→amazon

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