女王となるはずだったエルサは、隠していた魔法が暴走してしまいます。
耐えきれずに逃げ出し、エルサは山に引きこもると
「ありの~♪ ままの~♪ 姿見せるのよ~♪」
と開き直って、王冠を雪の中へ。
ご存知、ディズニーの大ヒット映画『アナと雪の女王』のあらすじですね。
映画は言わずもがなフィクションですが、エルサと同じように北の王国で女王となりながら、王冠を投げ捨て、自由に生き抜いた女王が実在します。
スウェーデンの女王・クリスティーナ(1626-1689年)。
1689年4月19日はその命日ですが、ありのままの姿を見せ、ありのままに生きた生涯でした。
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生まれたのは王子? それとも王女?
スウェーデン――現在は北欧の福祉国家であり、家具メーカーIKEA発祥の地として知られます。
ノーベル賞授賞式でもおなじみですね。
今では穏やかな国という印象ですが、かつてはロシアと火花を散らし、北の雄と称された王国でした。
神聖ローマ帝国で行われ、国土を惨禍に巻き込んだ三十年戦争(1618-1648)。
ヨーロッパの覇権を賭けたこの戦いに、スウェーデンは1630年から参戦しました。
戦争に介入したスウェーデン王グスタフ二世・アドルフは、戦士としての誉れ高く「北方の獅子」と称され、若い頃から戦場を駆け抜いておりました。
そんな勇猛果敢な王の悩みは、膠着した戦線だけではありません。
ヨーロッパ一の美貌をうたわれる王妃マリア・エレオノーラは、夫に家庭的なやすらぎよりも、ストレスを与える女性でした。
彼女は夫を強く愛し過ぎるがゆえに、精神的に不安定だったのです。
しかも、その妻から生まれた子が次々と夭折。せめて子供が健やかに成長すれば王妃も落ち着くだろうに、それより何より世継ぎができないのは困ったことだ、と王も周囲も頭を痛めていたのでした。
三人の子が夭折したあと、王妃は四人目を妊娠。そして1626年12月8日、王妃はついに出産の日を迎えました。
かなりの難産の末、その子は産まれました。
「おめでとうございます。立派な王子様ですよ」
当初、周囲はそう思いました。
王は喜びましたが、赤ん坊を調べて見ると王子が持つべきはずの器官がありませんでした。
「陛下、生まれたのは王子ではなく王女様でした……」
そう訂正された報告を受け取り、王は一瞬落胆しましたが、すぐ気を取り直した。
「まあよい、わが娘はきっと賢い子になるであろう」
父が戦死し、6歳の幼い女王が誕生する
このとき王はまだ33歳。
男子を儲ける機会はいくらでもあるだろう――そう思ったとしても自然なことです。
しかし、産褥で我が子の性別を知った王妃は激怒しました。
「王子でなくて、王女を産んだなんて! こんな大きな鼻をした色黒で醜い赤ん坊を……連れてお行き! こんな怪物、いらないわ!」
産後鬱に苦しむ王妃はそう叫んだのでした。
王女の名はクリスティーナ。
生後すぐに、彼女は実母に憎まれてしまいます。
国王夫妻の子のうち、育ったのはクリスティーナ一人だけ。そして1632年、グスタフ二世・アドルフは三十年戦争の最中、38歳にしてリュッツェンの戦いで戦死。
かくして僅か6歳の幼い女王が誕生したのでした。
余は女ではない……性別への違和感
グスタフ二世・アドルフは、将来国王となるクリスティーナに厳しい躾を課しました。
幼くして彼女は午前4時に起床し、12時間の勉学。
そんな環境に慣れたのか、もとから賢かったのか。4時間以上の睡眠は無駄だと豪語する彼女は、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ラテン語での読み書きができました。
カエサルやアレクサンドロス大王といった歴史上の偉人を崇拝し、乗馬や狩猟といったスポーツにも熱心に取り組みました。
クリスティーナは早熟で聡明であり、13歳の時には、評議会に出席するようになります。
着飾ることや、宝石、化粧、ドレスには全く興味はありません。かえってそういったものを嫌い、軽蔑すらしました。
肖像画では美しいドレスに身を包み、長い髪で微笑んでいるクリスティーナ。それはあくまで世間が女王に求めた姿です。
本当の彼女は、男性と同じ服装と短い髪型で、腰に剣をつけ、大股でズカズカと歩き、大声で喋るのでした。
しとやかさが求められた当時理想の女性像とは正反対です。
彼女が女らしさを嫌い、父のような男らしさに憧れるようになったのは、母との確執も背景にありました。
最愛の夫を失ったマリア・エレオノーラは哀しみのあまり、ただでさえ不安定であった精神のバランスが大きく崩壊。
即位して政務に目を通さねばならない娘に、自分のように喪に服すことを要求する有様です。
母の寝室には、亡き夫の心臓が入った箱が安置されておりました。
周りでは昼夜聖職者が祈りをささげ、窓は黒く分厚いカーテンで覆われております。そんな日の光の差し込まない居室で、喪に服すよう強いられたのです。
「父は勇敢で素晴らしかった。それにひきかえ、母は、なんと弱々しく愚かなのだ」
クリスティーナが幻滅するのも無理はありません。
母のくびきから脱するためにも、父のようにスウェーデンを統治するためにも、男らしく振る舞わねばならない!
かくしてクリスティーナは、日々男らしくたくましく、成長していったのです。
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