北条氏照が手がけた武蔵の要・八王子城 その意義は? 本郷和人(東大教授)の「歴史キュレーション」

 

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週のメインテーマは、北条氏照が手がけた八王子城。武田信玄との攻防から築いた同城の意義とは……。

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

◆これぞ平安貴族のオシャレ!?京都・長岡京跡から出土した帽子「漆紗冠」展示中 産経新聞 2月20日

本郷「漆紗冠は訓読すると【うるしぬりのうすはたのかんむり】となるんだよ」
「古代の貴族がかぶっていた、中国風の冠ね」
本郷「推古天皇11年(603)に日本で最初の服制として【冠位十二階】が定められ、朝廷に仕える官人は冠を被るようになるわけだよね」
「十二階っていうのは官位の始まりのかたちで、上から大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智よね」
本郷「その通り。それは身分を被り物の色で表す服制でもある。徳が紫、仁が青、礼が赤、信が黄、義が白、そして智が黒だ(異説もあるんだけれども)。その後、紆余曲折があったあと、天武天皇11年(682)に冠の色は全て黒に統一される。その冠が漆紗冠だったんだよ」
「なるほどねー。そのあと、平安時代になると、冠は日本風の烏帽子に取って代わられることになるわけね」
本郷「そうなんだ。古代・中世の成人男子は必ず冠や烏帽子をかぶっている。頭頂部をさらすことはとても恥ずかしいことと意識されていた」
「そうね。東京国立博物館の東北院職人歌合絵巻(ネットで見られるわよー)には勝負に負けてすってんてんのばくち打ちの姿を描いているけれど、彼はふんどしまで奪われているのに、烏帽子だけはしっかり被っているものね。頭頂部をさらすことは、どうしてそんなに恥なの?」
本郷「わからないんだ。今でもミャンマーでは、頭には神が宿っている(小乗仏教の教理による)ので、頭にさわってはならない、とされる。タイでは精霊が宿っているので、やはり大人も子供もさわってはならない、というよね。他にもインドやマレーシアでも、そういう話を聞いたことがある。古き日本の慣習もそうしたことから説明していいものかどうか。よく考えてみるよ」

 

◆因縁の真田昌幸役オファー「驚いた」 草刈正雄さん語る 朝日新聞 2月14日

本郷「見てる?『真田丸』」
「うんうん。おもしろいわよねー」
本郷「テイストとしてはコメディなんだよね。好き嫌いはあると思うけれども、大いにアリだと思う。さすが三谷脚本!」
「草刈正雄さんは主人公である真田信繁(幸村)のお父さん、昌幸役をやってるのよね。真田家は初め、戦国大名である武田家の家臣だった。それが武田家の滅亡後、独立した大名になって、10万石のお殿様として江戸時代を生き抜いていく。その栄達の立役者は、まちがいなく昌幸よね」
本郷「うん。『真田丸』がどれだけの回数を大坂の陣に割くかは分からないけどさ、戦いの場面ってお金かかるじゃない。だから本当の真田丸(大坂城の出城)が出てくるのは、10月くらいじゃないかなあ。とするとね、そのころまで昌幸はドラマに出ているわけでしょ。だからますます大事な役だよねー」
「草刈さんって、かつては【ザ・イケメン】だったじゃない。その方が年輪を重ねてあんなに味のある演技をされるって、感慨深いわー」
本郷「あっはっは。またまたトシがばれるよー」

 

◆曳橋から思う戦乱の世 八王子城跡の象徴を復活 東京新聞 2月19日

「あなた、最近テレビでお城の説明とかしてるわね」
本郷「姫路城とか上田城ですね。いい加減だって言いたいわけだね、すいません。対象は中世城郭とかじゃないし、そう専門的な話はしてないから、大目に見てくださいませ」
「うーん。天守閣=城、っていうレベルで研究者があれこれと話をするのはどうかと思うけれどねー。まあいいわ。八王子城の説明をしてちょうだい」
本郷「八王子城というと、東京では代表的な心霊スポットで」
「そういう話じゃなあい!」
本郷「はいはい。じゃあ改めまして。この城は16世紀に、八王子市元八王子町にあったお城です。小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点だったんだ」
「城主は北条氏政の弟で、氏照でしょう? だから北条領国における格は高いのよね?」
本郷「そうだね。氏照は大石氏(武蔵国守護代)の養子となり、まずはその城である滝山城(八王子市丹木町)に入ったんだ。ところが小田原攻撃に向かう武田信玄の軍勢に攻められたときに落城寸前まで追い詰められてね。これはいかん、もっと堅固な城を、ということで近くに新しい城を築いたんだな」
「八王子に武蔵国の守護代がいたの? ずいぶん西に寄ってない?」
本郷「ああ、それは今の東京のあり方を考えるとそういう感想になるかもしれないね。でも、武蔵の国衙は府中市なわけだし、国分寺はそれこそ国分寺市にあったわけでしょう?もともと武蔵の中心は東京の西の方なんだよ。しかも北条氏は勢力を拡大していくときに伊豆⇒相模⇒武蔵、ときて、房総半島ではなく上野に向かっている。やっぱり西部方面重視なんだな」
「その勢力の伸ばし方って、鎌倉の北条氏と同じじゃない。地政学的な必然性ってあるのかしらね。利根川の水流とかが影響しているのかなあ」
本郷「なるほどね。後北条氏が進出する前の関東平野の勢力分布は、古河公方VS関東管領上杉家だけど、明らかに利根川を挟んで対峙している。その考えは一理あるかもしれないなあ。これも宿題ね」
「滝山城から八王子城に移行した際に、城郭学的にどういう進展が見られるの?」
本郷「いや、それがね。滝山城は広大かつ多くの馬出や枡形を備えた近世的な平山城なんだよね。一方で八王子城はどう見ても山城なんだ。だから氏照の築城プランは時代に逆行した、なんて言われることもあるんだ」
「ええー、そうなんだあ」
本郷「だけどね、八王子城は関東の城にはきわめて珍しく石垣を備えた城でもある。もちろん、関西風の立派なものではないんだけれど。だから、その設計思想は、よくよく考えてみないといけないね」
「それで、結局、八王子城はどういう運命をたどったの?」
本郷「秀吉の小田原攻めの時に、城主である北条氏照は小田原城に詰めていた。それで八王子城には氏照夫人らと城代と3000の兵がいたというんだ。そこに上野の方から攻め込んできて、松井田城や鉢形城を落としてきた北国方面軍(主力は上杉景勝、前田利家。真田昌幸もこれに加わる)が攻撃をかけた」
「うーん。なんだかその先は分かっちゃったような気がするけれど、一応聞きましょう。結果は?」
本郷「うん。一日しかもたなかったんだ。すぐに落城。まあ城主がいないんだもの。士気は上がらないでしょう。仕方がないよね」
「それで、城主夫人とかは自害して、それが心霊スポットの話につながるわけね」
本郷「ご明察。それで結局、八王子城は廃城になった。だから、この城が現役だった期間はごくわずかなんだなあ」

 

【編集部より】

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