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イラスト・富永商太

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週刊武春 織田家

織田信成を信長直系の子孫が「知らなかった」「愚か」と一蹴

更新日:

織田信長の子孫は、ちゃんとした大名家が2家(天童藩、柏原藩)存続しており、明治時代以降は華族となるなど、はっきりわかっている。
ところが、現代ではなぜか「織田」という姓と「信」という名を持っているだけで、信長とのつながりが証明できない(家系図が途中吹っ飛んでいる)、元スケーターの織田信成さんが子孫であると勘違いされている。
芸能ニュース的にはそれでいいのだろうが、歴史サイトとしては、一度、きちんとしておきたいネタでもあると考えていたところ。
このたび週刊朝日で、信長の直系のご子孫が、かるーく上品にかつ結構ずばりと信成さんをDisっていたので紹介しよう。

【関連記事】そもそも織田信長さんってどんな武将だったの? やっぱり天才系!?【入門】桶狭間から本能寺までの49年を最新解説しております!→織田信長

 

19代織田家当主の織田信孝さん「まったく知らなかった」

その方は、織田信長の次男信雄(のぶかつ)のあとを引く、丹波柏原織田家19代織田家当主の織田信孝さんだ。
以前に同じ週刊朝日で、自分の息子(19代になる人)の名前に「信」の字を使わなかったということで話題となった。

織田家当主 織田家の400年の伝統を破り、息子の名に「信」をつけず(週刊朝日)

もともとは学習院を出た御曹司ながら、様々な職を経て、いまはフリーライターという、「殿様」としては破天荒な方だけの歴史的な決断であった。
その信孝さんが2015年9月11日号の週刊朝日の連載「子孫が語る」で、「信成君がメダルを取れなかった理由」と題して、上品なタッチながらも痛烈なコラムを寄せている。
まず「信成は信長の子孫なのか」について

「結論から言うと、私の家と彼の家はまったく関係がないし、私は彼についてまったく知らなかった」
「(信成さんが主張する信長7男の末えいで江戸時代は旗本高家だったとのことについて)途中の何代かが不明だとも聞いたが、私にはその真偽を判断することはできない」

とやんわり「無視」を決め込む。
しかし、信長の子孫を名乗るとしたら愚かだと断罪する。

「私の目から見て、やらないほうがよかったと思う企画もある。
バンクーバー五輪前の本能寺からの“出陣”である。
信長が天下統一寸前に挫折した場所が、これから勝負に向かうときに幸運を呼ぶとはとても思えなかった。」

と、企画した広告代理店かテレビ局を批判する形ながら、「信長の子孫なら、本能寺のことも知らないなんてありえない!」との思いが行間ににじみ出ている。
さらに
「もし信長にちなんで出陣するなら」として、桶狭間の戦いの直前に祈願をして戦勝に結び付いた名古屋市の熱田神宮を当然のようにあげる。
ただ、信長の子孫でもない信成さんのことを言いたいのだろう「もっとも熱田神宮がそんなイベントを許可するとも思えないが」とくぎを刺すのも忘れない。

そして、だめ押しが最後の1行。

「しかし本能寺では、もっと愚かしいイベントをやらかした人たちがいる。その話は次回に書きたい」

「もっと愚かしい」の「もっと」ということは比較対象があるということであり、つまりは信成さんがやったことを「愚かしい」と断定していることにほかならない。
本物の織田家当主・信孝さんの上品さを失わないギリギリの批判文の妙技をぜひ読んで楽しんでほしい。

編集部

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追記



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信長直系子孫の柏原織田家当主の織田信孝氏についてのインタビュー記事(読売新聞、2016年9月)

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