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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた 災害・事故

富士山・貞観大噴火で青木ヶ原の樹海ができる ちなみに最古の噴火記録は781年なり

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奈良時代に初の噴火の記録

地震・雷・火事・親父。
日本で昔から恐ろしいものの代名詞とされている四つですが、ここに含まれていないものでも甚大な被害をもたらす自然災害はありますよね。親父が自然災害かどうかは置いときましょう。

今回はそうした災害の中でも、極めて広範囲かつ甚大な被害をもたらすあの現象についてのお話です。

天応元年(781年)の7月6日、記録上最初の富士山噴火が起こりました。

まだ朝廷が平安京に移る前で中央もまとまりきってないような時代なのですが、よく東国の記録を残す余裕があったものです。律令国家がんばるなぁ。
竹取物語や更級日記にも富士山の噴火に関するくだりがあるので、平安時代には「富士山は火山である」ということは広く知られていたのでしょうね。
ただ、やはり中央の人が書いたものなので実際の被害がどうだったかについては曖昧なところが多いです。

 

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被害がハッキリわかるのは864年からの貞観大噴火

噴火の被害についてもっとはっきりわかるのは、もう少し後の”貞観大噴火”といわれる大規模な噴火のときのこと。
貞観六~八年(864~866年)にかけて数回の噴火を繰り返しており、駿河(現・静岡県)や甲斐(現・山梨県)の役人からは生々しい報告がもたらされました。
東日本大震災(2011年)の1000年前に東北を大津波が襲った貞観地震(869年)の数年前のことでした。

どうでもいい話ですが、日本の昔の役人って報告の仕方がやたらと詩的というか写実的というか、ある種のロマンに溢れた文章を書いている人が多いような気がします。基本的に、都の貴族が任期つきで赴任するものだからかもしれませんが。

 

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青木ヶ原の樹海をつくった溶岩流

貞観大噴火は富士山周辺の地形を大きく変えました。
流れ出した溶岩がそれまであった広大な湖を埋没させたとか、広がった溶岩の上に約1100年後新たにできた森が青木ヶ原樹海だといわれています。
湖のほうは富士五湖の西湖と精進湖としていくらか残っていますが、アレがごく一部となると元の湖が相当広大だったことがわかりますね。

平安時代は富士山の活動が活発だった時期の一つで、その後も永保三年(1083年)まではほぼ定期的に噴火していたらしき記録が残っています。

鎌倉時代から室町時代の前半は落ち着きを見せていますが、永享七年(1435~1436年)あたりと永正八年(1511年)に再び噴火しています。
もうちょっとズレてたら、戦国時代は全く違った歴史になっていたかもしれませんね。信長以西はともかく、武田家や北条家は富士山が噴火したらどう考えてもアウトな位置にいましたから。
それはそれで知りたかった気もしますが、IF小説でありませんかねそういうの。

 

最後の大噴火は300年前の江戸時代 そろそろ来る?

まあそれはさておき、幸運にも戦国時代~江戸時代初期も富士山は大人しくしていてくれました。富士山にはいろいろな神様が祭られているのですけども、「人間が落ち着くまで勘弁してやるか」と思ってくれたのでしょうか。
が、いつまでもそうはいかないのが火山ひいては自然というものです。

現在記録上最後の大噴火である宝永大噴火が起きたのは、五代将軍綱吉の時代(宝永四年=1707年)。
この噴火で特徴的だったのは、溶岩が流れなかったことと引き換えにするかのような火山灰の多さです。
噴火の直後はもちろん、その後何日も灰が降り続いたため、江戸ですら昼間から明かりをつけなくてはいけないような状態だったとか。

これだけ灰が降り続くと、当然農業や人体にも被害を及ぼします。
田んぼや畑が灰に埋まってしまって食べ物を作れなくなったり、用水路が埋まってしまったために生活がままならなくなったり、灰の吸引によって呼吸器系を病んだ人もいました。
運の悪いことに、既に生類憐みの令その他もろもろで評判の悪くなっていた綱吉ですから、この大噴火についても「これは天罰に違いない!」「ダメ将軍のせいで俺らがこんな目に遭うなんて!」と散々な言われよう。
一応全国から少しずつお金を集めて、被災地救済を試みているんですけどね。半分近くは幕府が使ってたみたいですけど(ボソッ)

こんな風に山の形が変わったのは宝永噴火のせいです(Wikipediaより)

 

昔は「休火山」なんて呼ばれていたけど

それから三百年以上も噴火していないので、現代ではしょっちゅう「富士山ヤバイ。超ヤバイ」と言われているわけです。
さらに南海トラフ(東海道沿岸の震源地密集地帯)が富士山と近いので、噴火と地震が連動するケースも多く、貞観大噴火や宝永大噴火の際も前後に大きな地震が起きています。
前述したように東日本大震災のとき「1000年に一度の津波」という話が出ましたが、その1000年前の地震というのが貞観大地震=貞観大噴火と連動して起きたとされている地震なのです。
こうなると穏やかではありません。

そういうわけで、現在宝永大噴火の記録を元にしたハザードマップ(どこにどのくらいの被害が出るかを表した地図)が作られています。周辺地域の方は多分お馴染みでしょうかね。(富士山火災防災協議会へGO)

これは大きな地図ですが上記のHPには細かい地域ごとの地図もあります。観光前には要チェック

これは大きな地図ですが上記のHPには細かい地域ごとの地図もあります。観光前には要チェック

現代ではさまざまな精密機器や交通機関その他が火山灰で被害を受けると予測されているので、灰がさほど降らないとされている地域でも注意が必要です。
文明の進歩で対抗できるかと思いきや、逆に違う問題が出てきてしまうというのは何とも皮肉なものです。昔の人たちが自然災害=神の思し召しと考えたのもわかる気がしますね。
こういうの一年に一回くらいは全国ニュースや全国紙で載せたほうがいいんじゃないかと思うんですけど、何故かどこもやりませんね。マスコミ仕事しろ。

富士山の火山弾(富士浅間神社、Wikipediaより)

長月 七紀・記

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/富士山の噴火

 




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