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その日、歴史が動いた 明治・大正・昭和時代 災害・事故

昭和新山 じつは私有地にある珍しい火山で、最初の大噴火は戦時中だった

更新日:

「てんさい」と読む単語になるものは、扱いに困ることが多いような気がします。
「天才」が身近にいると周囲の人は気を使ったり気が引けたり、あるいは攻撃的になったりしますし、砂糖の原料になる「甜菜」をポンと出されても、普通の人は困ってしまいますよね。コピペレベルの「転載」をされれば、出るべきどころに出る案件になりますし。
中でも一番困るのは、いわずもがな「天災」。今回は試される大地で起きた、とある自然現象のお話です。

昭和十九年(1944年)6月23日は、北海道・昭和新山で最初の大噴火があった日です。

年号と同じ名前がついているからか、一度聞くと忘れられないというか、インパクトがある山ですよね。場所は、工業地帯として有名な室蘭からほど近いところにあります。
しかし、戦時中にできた山である……というのは、案外知られていないような気がします。昭和は61年間ありましたから、そのためかもしれません。
さて、いったいどんな経緯で生まれた山なのでしょうか。

 

1年で31mも隆起した! 10階建てマンションに相当

昭和新山が活動を始める前、この一帯は広大な農業地帯でした。
また、鮭やマスなどの孵化場もあり、北海道の恵みを象徴するかのような、産物の多い場所でもあったのです。

この地域が文字通り揺れ動いたのは、昭和十八年(1943年)の末からでした。初めての有感地震が起き、年が明けてからも周辺で異常な現象が続きました。

周辺の湧き水の温度が倍以上になったり、5kmほど離れた洞爺湖に渦巻きが出たり、周辺地域の地面が隆起など。場所によっては前年と比べて31mも隆起したというのですから、誰がどう見ても異常な状況です。
31mというと、10階建てのマンションに相当します。歴史的建築物では、姫路城の大天守(石垣を除く)が高さ31.5mだそうですから、地元の方にとっては「ある日突然、自分の家や土地が天守閣レベルの高さになってしまった」わけです。実際には一気に盛り上がったわけではないでしょうけれども、怖いにもほどがあるやろ。

そんなこんなで周辺住民の不安が募る中、噴火直前の6月21日に、洞爺湖からこの地域へ流れる壮瞥川(そうべつがわ)が川底の隆起によって氾濫を起こします。
おそらくは23日の朝に噴火が起きた頃も、氾濫の対処に追われていたでしょう。

昭和新山を上から撮影

 

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郵便局長・三松正夫氏が買い取り、記録を続けていた

昭和新山の活動は一気に活発化し、同年10月末までの間に17回も噴火しました。

火山弾による火災や、火山灰による死者も出ています。いくら戦時中とはいえ、その状況で一時的にでも避難させてもらえなかったというのはひどい話ではないでしょうか。
まぁ、当時は「戦況と自然現象は別」と割り切れる方は多くはなかったのかもしれませんが……。

噴火が一段落した後、昭和十九年の末からは溶岩ドームが形成され、昭和二十年(1945年)5月には85mもの高さになりました。

全ての活動が終わったのは、終戦から一ヶ月ほど経った昭和二十年9月20日のことです。このときには溶岩ドームだけで高さ175mまで大きくなっていました。

昭和新山ができたのは戦時中、しかも敗色濃厚となった時期だったため、公的発表どころか、公的機関による調査すら行われていません。
にもかかわらず活動の経過がわかるのは、地元の郵便局長だった三松正夫氏が個人的に記録をつけていたからです。これは後に「ミマツダイヤグラム」と命名され、昭和新山に関する貴重な基礎資料となりました。

三松氏は昭和新山の形成に伴って農場や家を失った人々のため、山一帯を買い取って私有地にしたといわれています。そのため、昭和新山は世界的にも珍しい「私有地にある火山」なんだそうです。

とはいえ、火山活動はいつ活発化するかわからないもの。そのため、近隣の有珠山とともに常時観測火山に指定されており、立ち入りは原則として禁止されています。

ちなみに、三松氏は生涯で数度火山活動を目にしたり、それにともなって温泉を発見したりしていました。奇妙な縁というかなんというか……江戸時代くらいまでだったら「火山の神様」とかいわれたかもしれませんね。
亡くなったときも有珠山の噴火中だったそうですから、何とも不思議な事があるものです。

 

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周辺地域は観光地化され、熊牧場には「人のおり」

有珠山自体は、気象庁に指定されている111活火山の一つで、そのうちでも注意が必要な50火山の一つに指定。昭和新山は有珠山の山麓にあり、同山と一緒に観測対象となっており、山へ立ち入ることはできません。

監視の必要な活火山50/気象庁サイトより引用

現在は火急な避難等も必要とされておらず、昭和新山周辺は観光地化されており、昭和新山熊牧場や有珠山へのロープウェイなどが設置されています。

また、平成元年(1989年)からは「昭和新山国際雪合戦」も開催されており、「北海道遺産」に選定されているとか。

熊と火山、そして雪という組み合わせはいかにも北海道という感じがしますね。くま○ンが世に出てくる前に熊のゆるキャラができていたら、同じ熊のキャラクター同士で姉妹都市提携などができたかもしれません。

また、昭和新山熊牧場には「人のおり」という近距離から熊を観察できる部分があるとか。皮肉がきいていてなかなかいいネーミングですね。大型動物をナメると痛い目どころじゃありませんし。

昭和新山熊牧場は今年(2017年)子熊がデビューしたそうなので、成長を見届けられるかもしれません。
2017年は上野のパンダをはじめ、各地の動物園でベビーラッシュでめでたいことです。
なんちゃら学園問題ばかりでなく、他にもっと明るいニュースが欲しいなぁ……というのもゲフンゴホン。

長月 七紀・記

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参考:昭和新山/wikipedia 有珠山ロープウェイ 昭和新山熊牧場 昭和新山熊牧場/wikipedia

 




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