なぜハロウィンで仮装するのか

20世紀初頭に制作されたカブのジャック・オー・ランタン(アイルランド)/wikipediaより引用

欧州

なぜハロウィンでは仮装をするのか?古代ケルト人の収穫祭「サフィン」が発展して

2024/10/30

10月31日は、皆さんご存じのハロウィン。

今や日本では渋谷駅前にパリピが集まってどんちゃん騒ぎをして、そしてなぜか翌日にはゴミの一切ないキレイな町並みに戻ったりすることもあったりするなど、謎めいた一日となっておりますね。

しかし、その一方でハロウィンの

「起源そのものや仮装をする理由」

などはあまり語られない気がします。

なぜカボチャなのか――。

そう思ったことありません?

本日はその辺に注目してみましょう!

20世紀初頭に制作されたカブのジャック・オー・ランタン(アイルランド)/wikipediaより引用/wikipediaより引用

 


ケルト人・サフィンとキリスト教・諸聖人の日

ハロウィンの起源は、古代ケルト人の収穫祭「サフィン」だといわれています。

ケルト人とは、元々は中央アジアの騎馬民族です。

彼らが紀元前の時代にヨーロッパに移り住み、ゲルマン人などと混血を繰り返したり、欧州全土とイギリスやアイルランドなどにも広まっていきました。

ケルト人分布の様子(青い部分が紀元前1500年から紀元前1000年で、ピンクの地域が紀元前400年)/wikipediaより引用

ケルト人分布の様子(青い部分が紀元前1500年から紀元前1000年で、ピンクの地域が紀元前400年)photo by Quadell /wikipediaより引用

現在「ケルト」というとアイルランドやスコットランドの文化を示す際に使われることが多いですが、それらの地域がケルトの文化を当時により近い形で引き継いでいるからです。

イングランドではキリスト教が優勢になった影響もありますが、今回その辺の話は置いておきましょう。

ケルト人の間では【グレゴリオ暦(現在広く使われている暦)10月31日が一年の終わり】とされていて、その年に採れた作物と動物を神様に捧げ、火を焚いてその周りを踊るという行事がありました。

たき火の燃えさしを各家庭に配り、かまどの種火にすると魔除けになるとされていたのだそうで。

この日の夜は夏(光の半年)の終わりと冬(闇の半年)の始まりを意味し、死者の霊が家族を訪ねてやってくるとも考えられていました。

日本で言えばお盆みたいなものでしょうか。

サフィンの一日は死者を敬して忘れず、厳しい冬に備える。そんな節目を意識させる日でもありました。

また翌日の11月1日が中世カトリック教会で「諸聖人の日」であり、両方の祝日が結びつき、ハロウィンとして認知されていったとも考えられます。

 


死者を敬して厳冬に備え

では、なぜ仮装をするのか?

前述のように10月31日は死者を敬う意味があり、それに扮することで彼等を思い出し、来たるべき冬に備えます。

実はヨーロッパではハロウィンが終わった後の冬(12~1月)にも仮装する祭りがあるのですが、そこでは人間の死者ではなく、精霊や悪鬼に扮したりします。

本格的な冬の到来は「闇の半年」という辛い季節ではあるけれど、次の春「光の半年」へ向かう希望でもあり、そうした霊たちが人間に「生き抜く力」を授けてくれるという意味がある。

要は、ハロウィンをキッカケに季節の到来に備える――仮装はそれを伝えるイメージとなりますね。

一方で、ハロウィンでの仮装は「魔除け」という考え方も広まったりしています。

死者の霊がやってくるということは、同時に「見えない世界も大賑わい」ということ。

人間に害をなす精霊や魔女なども姿を現すと考えられるようになり、その害を防ぐために生まれたアイデアがこれ。

「彼らと似たような格好をして、人間だと思われないようにしよう!」

日本で置き換えるとすれば

「お盆もしくはお彼岸に妖怪がわんさかやってくるので、襲われないように鬼太郎やねずみ男になる」

という感じでしょうか。

仮装そのものがあまり日本人にとって馴染みがない、だからピンと来ない――と思われますでしょうか?

実は、信長さんもやっていたんですよー。

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信長は「天人(てんにん)」の格好でした……と詳細は別記事(記事末にリンク)にお譲りして、ここからはカボチャのランタン「ジャック・オー・ランタン」に注目です。

なぜ、あのような形になったのか?

 

もともとはカボチャではなくカブだった!?

この言葉自体は「ランタン持ちの男」という意味で、アイルランドやスコットランドにおける鬼火(正体不明の火の玉)のことでした。

「ジャック」は日本語でいうところの「名無しの権兵衛」みたいなものです。

他には、ジャック・ザ・リッパーなどがありますね。

ダメダメな生活を送っていた人の魂が、死後の世界から出禁をくらったために、カブのランタンを持ってさまよい歩いている……という話だったそうです。

後にカボチャが主流になったのは、ハロウィンがアメリカに伝わってからなんだとか。

カボチャになってからは割と可愛らしい感じになりましたが、カブ(※トップ画像・20世紀初頭に制作)のほうは……^^;

また、ジャック・オ・ランタンは良い霊を呼び、悪霊を遠ざけるともいわれています。

現在ではあっちこっちで使われていますので、悪霊もこの時期は大変でしょうね。

海のど真ん中にでも避難するのでしょうか。それはそれで海での怪談が増えそうでオソロシイ。

イングランドではもう一つ、炎に関する「ガイ・フォークス・ナイト」というお祭りがあるので、ハロウィンが廃れていた時期があります。今もこちらのほうが人気だそうで。

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アイルランド・スコットランド・ウェールズではずっと続けられており、これがアメリカに伝わりました。

おそらくは十三植民地時代に渡米した人々が語り伝えたか、実際に行っていたかのどちらかでしょう。

初期の移民は非常に厳しい暮らしをしていましたので、そういうときの収穫や獲物だからこそ神への感謝もひとしおだったに違いありません。

ただし、この頃の移民は多くがピューリタン=敬虔なキリスト教徒ですから、「異教の祭り」であるハロウィンを快く思わない人も多かったようです。

 


アメリカで大々的に受け入れられ世界へ

ハロウィンが大々的に行われるようになるのは、もう少し後の時代。

ジャガイモ飢饉や世情の変化によって、アイルランドやスコットランドから多くの人がアメリカに移り住んでからのことでした。

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20世紀初頭にはアメリカ全土で受け入れられるようになり、さらに他国で活動するアメリカ人がハロウィンを現地に伝え……という流れで、世界中に広まっていったのです。

元はカブだったジャック・オ・ランタンが、今ではカボチャのイメージで固定化されているのも、アメリカ人が伝えたからなんですね。

日本国内でも、昔から欧米系の住民が珍しくない東京都小笠原村父島や長野県白馬村などでは、ブームになる前から広まっていたようで。

そしてそのうち製菓業界やエンタメ業界が目をつけたりして、商業的な意味合いも強くなりました。

お菓子メーカーも、この時期にそれっぽい感じのものを出していますよね。

秋といえば栗やさつまいものイメージが強く、お菓子にも使われていましたので、カボチャの占める割合はまださほど多くはない気がしますけれども。

むしろ、お祭りとか何も関係ない(であろう)マンゴーのほうが浸透しているような。

やっぱり決め手は味なんですかね。

ともあれ、信長の仮装パーティーでも……。


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【TOP画像&参考】
ジャック・オー・ランタン photo by Rannpháirtí anaithnid/wikipediaより引用
鶴岡真弓『ケルト 再生の思想 ──ハロウィンからの生命循環 (ちくま新書)』(→amazon
ハロウィン/wikipedia
ジャック・オー・ランタン/wikipedia
ケルト人/wikipedia

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長月七紀

2013年から歴史ライターとして活動中。 好きな時代は平安~江戸。 「とりあえずざっくりから始めよう」がモットーのゆるライターです。 武将ジャパンでは『その日、歴史が動いた』『日本史オモシロ参考書』『信長公記』などを担当。 最近は「地味な歴史人ほど現代人の参考になるのでは?」と思いながらネタを発掘しています。

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