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もともとはカボチャではなくカブだった!?
この言葉自体は「ランタン持ちの男」という意味で、アイルランドやスコットランドにおける鬼火(正体不明の火の玉)のことでした。
「ジャック」は日本語でいうところの「名無しの権兵衛」みたいなものです。
他には、ジャック・ザ・リッパーなどがありますね。
ダメダメな生活を送っていた人の魂が、死後の世界から出禁をくらったために、カブのランタンを持ってさまよい歩いている……という話だったそうです。
後にカボチャが主流になったのは、ハロウィンがアメリカに伝わってからなんだとか。
カボチャになってからは割と可愛らしい感じになりましたが、カブ(※トップ画像・20世紀初頭に制作)のほうは……^^;
また、ジャック・オ・ランタンは良い霊を呼び、悪霊を遠ざけるともいわれています。
現在ではあっちこっちで使われていますので、悪霊もこの時期は大変でしょうね。
海のど真ん中にでも避難するのでしょうか。それはそれで海での怪談が増えそうでオソロシイ。
イングランドではもう一つ、炎に関する「ガイ・フォークス・ナイト」というお祭りがあるので、ハロウィンが廃れていた時期があります。今もこちらのほうが人気だそうで。
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アイルランド・スコットランド・ウェールズではずっと続けられており、これがアメリカに伝わりました。
おそらくは十三植民地時代に渡米した人々が語り伝えたか、実際に行っていたかのどちらかでしょう。
初期の移民は非常に厳しい暮らしをしていましたので、そういうときの収穫や獲物だからこそ神への感謝もひとしおだったに違いありません。
ただし、この頃の移民は多くがピューリタン=敬虔なキリスト教徒ですから、「異教の祭り」であるハロウィンを快く思わない人も多かったようです。
アメリカで大々的に受け入れられ世界へ
ハロウィンが大々的に行われるようになるのは、もう少し後の時代。
ジャガイモ飢饉や世情の変化によって、アイルランドやスコットランドから多くの人がアメリカに移り住んでからのことでした。
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20世紀初頭にはアメリカ全土で受け入れられるようになり、さらに他国で活動するアメリカ人がハロウィンを現地に伝え……という流れで、世界中に広まっていったのです。
元はカブだったジャック・オ・ランタンが、今ではカボチャのイメージで固定化されているのも、アメリカ人が伝えたからなんですね。
日本国内でも、昔から欧米系の住民が珍しくない東京都小笠原村父島や長野県白馬村などでは、ブームになる前から広まっていたようで。
そしてそのうち製菓業界やエンタメ業界が目をつけたりして、商業的な意味合いも強くなりました。
お菓子メーカーも、この時期にそれっぽい感じのものを出していますよね。
秋といえば栗やさつまいものイメージが強く、お菓子にも使われていましたので、カボチャの占める割合はまださほど多くはない気がしますけれども。
むしろ、お祭りとか何も関係ない(であろう)マンゴーのほうが浸透しているような。
やっぱり決め手は味なんですかね。
ともあれ、信長の仮装パーティーでも……。
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長月 七紀・記
【TOP画像&参考】
ジャック・オー・ランタン photo by Rannpháirtí anaithnid/wikipediaより引用
鶴岡真弓『ケルト 再生の思想 ──ハロウィンからの生命循環 (ちくま新書)』(→amazon)
ハロウィン/wikipedia
ジャック・オー・ランタン/wikipedia
ケルト人/wikipedia