伊達家にゴシップ多い理由

絵・富永商太

伊達家

戦国伊達家にやたらとゴシップ多いのなぜ? 実は政宗だけの責任でもない

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【親子喧嘩】伊達家に毒親多すぎる問題

伊達家は、ともかく親子喧嘩しすぎでまとまらない――当時からそう言われていたことが史料に残っています。

伊達政宗と行き違いがあり、一時期、政宗が「あいつだけはぶち殺す!」と息巻いていた大内定綱。

彼の家臣は、伊達家の使者にこう言い放ったそうです。

「は? 政宗がうちの大内を倒す? 本気でウケるんですけど……。晴宗も輝宗も親子喧嘩ばっかりしていてゴタゴタしすぎ。もうダメだと世間で言われてますよ」

これを聞いて、伊達家の使者は怒るわ。

この報告を聞いた伊達家中も頭にきすぎて思わず怒りに震えるわ。

図星だったんですかね。

伊達成実は、そのあたりの記述を自分の『成実記』から削除しています。

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当時から、伊達家の親子喧嘩は、彼らにとって恥ずかしい公然のタブーだったのでしょう。

戦国期から江戸時代にかけて、いろいろと知恵を絞りました。

◆親子喧嘩をストレートに書くのはまずい。
そうだ、輝宗時代の中野宗時という奸臣に責任を押し付けよう!

この中野宗時は、輝宗を支えた名臣なのです。

あまりに気の毒すぎます。

◆息子に家督相続したのに、ウダウダ口を挟んだ父親=先代が悪いということにしよう!

これもかなり困った話。伊達家以外でも東北は顕著ですが、父子二代で権力を保持することはよくあることで、それを改変したわけです。

その典型例が伊達輝宗&伊達政宗のパターンでした。

輝宗が政宗に家督相続した時期は特に早いわけでもなく、かつ輝宗が権限を保持しています。

それが後世「政宗が凄いから家督相続を早めにした!」とか「わしを撃てと自ら射殺を促した」と脚色されてしまうことに……。

◆伊達家全体のイメージアップのため、伊達晴宗を暗君にしてごまかそうという試みが、江戸期を通じて行われる。

晴宗は毒親ではありません。

周囲との争いは権力や政治見識のすれ違いでしかないのです。

ちなみに毒親イメージ代表格・政宗の母である義姫は、冤罪で認識されたと近年の研究で判明しております。

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どうして宮城・仙台に反発が?

ざっと伊達家の事情をたどってきましたが、いかがでしょうか。

東北地方の宮城県、仙台への感情はなかなか複雑なものがあります。同市が際立って大きく、エリア唯一の政令指定都市だということもあるかもしれません。

しかし……やっぱり歴史の影響が大きいのではないでしょうか。

以下に戦国時代からの流れをマトメてみましょう。

戦国時代

姻戚関係が広範囲すぎて、現在の南東北地方に影響を与えすぎる

戦国時代末期

ご存知政宗のレッツ・パーリーな大暴れぶりに、二階堂盛義正室・阿南姫(大乗院)ら親戚まで激怒するややこしい事態に

織豊政権期

政宗が勢力拡大したことが話をややこしくしました。小田原参陣に際して「伊達家の許可を得るまでは関東へ行かないように」と命令されたばかりに、改易された大名家があるのです。代表例が大崎家です

江戸期

仙台藩がなまじ圧倒的に大きいだけに、伊達家に都合がよく周辺に迷惑をかけながら自己正当化した

幕末〜明治期

奥羽越列藩同盟」の盟主となるも、士気が低かったため「ドン五里」(ドンと砲声が聞こえただけで五里逃げる仙台藩兵弱すぎィ!という意味)等と呼ばれる。「ドン五里」のくせに態度でかいとか、そのへんのゴタゴタが北海道開拓までしこりとなって残ったようです

明治期以降

「伊達政宗は天下を狙っていたのか?」問題が持ち上がります。かなり誇張のある話なのですが、戊辰戦争で傷ついた東北人のプライド問題でもありました

現代

大河ドラマ『独眼竜政宗』はアリなのか?問題です。山形県がNHKに抗議を入れたことが未だに笑い話にされますが、東北戦国史理解への悪影響を考えれば、仕方がないと思えるほど不正確な描写が多かった

現代

「ずんだ餅、別に宮城名物でねえ!」問題も捨て置けません。南東北地方に存在する枝豆餡が、どういうわけか「宮城のずんだ」と認識されていることにモヤモヤしている南東北人はおります。芋煮会をめぐる芋煮戦争は、プロレス状態なのでそこまで荒れ狂うわけではありませんが、ずんだは別。これはちょっと問題があります。食べ物の恨みは怖い

現代

「東北の戦国大名は伊達政宗だけでねえ!」問題。東北戦国史の研究とフィクション展開が望まれます

歴史的に見るとなまじ大きいだけに、東北に陰影を落としている伊達家。

断っておきますが、私個人は宮城県にも仙台にも悪意はありません。むしろ好きです。

どう考えても政宗と関係ないものを、強引に何もかも政宗に持っていきすぎであるとは思いますが、それも仙台らしさではあります。

さらりとしていて、かつ伊達家に厳しめの記事となりましたが、伊達家は魅力抜群。

今後もその魅力を少しでも紹介できたらと思います。

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文:小檜山青

【参考文献】
遠藤ゆり子 (編集)『シリーズ中世関東武士の研究25 戦国大名伊達氏』(→amazon
遠藤ゆり子 (編集)『伊達氏と戦国争乱』(→amazon
国史大辞典

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