高天神城

高天神城図photo by お城野郎!

高天神城で武田と徳川が争奪戦! 遠江一の堅城を実際に登ってみた

城(城址)を愛して早30年。

「石を見て何が楽しいの?」

なんて身内や友人に揶揄されながら、それでも懲りずに西へ東へ足を運ぶ皆さまに負けじとご報告させていただきます。

今回は、静岡県掛川市の【高天神城】へ。

武田軍と徳川軍の間でたびたび奪い合いになった、難攻不落、超肉食系の山城です。

なんだかテンション、上がってきましたねー!

さぁ、行ってみましょう!

 


信長の野望でも奪い合いになる要衝・高天神城

掛川といえば司馬遼太郎大先生の『功名が辻』の掛川城があります。

しかし、掛川城より歴史的にもマニア的にもガチなのが、こちらの高天神城。

以下の写真は城の北側より撮影しました。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-1

道路上の案内板通りに向かうと、こちらに誘導されてしまいますが、実は城の裏門とでもいうべき搦め手側です。

のどかな景色に惑わされてはなりませんぞ。既に高天神城との謀略戦は始まってます!

ということでマニアは、あえて大手門のある南側を目指します。

高天神城への行き先を示す大きな案内板(トラップ)をやり過ごしてしばらくすると追手門の場所を示す小さな案内板が見えてきますので見落とさないようにしましょう。

地図を見てみましょう。

これだけ見ると

「お城野郎さん、登山っすか?」

という素っ頓狂な声が聞こえてきます。

えぇ、もう山なんですよ。

しかし……。

ちょっと南に行けば太平洋。

ちょっと北東に向かうと駿河の国、

ちょっと西に向かうと浜松。

北を仰げば南アルプスです。

もうお分かりでしょう。

ここは信州・東海地方における【THE 交通の要衝】なり!

だからこそ城があるのです。

高天神城は今川、徳川、武田がガチで激しく奪い合いました。『信長の野望』でも奪い合いになる城なのです。

 


登山自体は割とイージーモード

城の入り口に掲げられたこの想像図もガチです。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-2

「おいおい。ネットの情報では簡単に登れますって書いてあったのはガセかよ」

そう思わせる気合いの入った想像図ですよね。

山肌見える荒涼感が凄まじい。

途中、落ち武者の霊に谷底へ突き落とされそうな怖さすら漂っています。

が、ご安心を♪

高天神城は、この手の城の中では割と初心者向きで簡単に登れます。

世の中には荒れ放題の雑草で急に道が消えてしまう城とか(末森城)。

道が急に崖になり「つかまれ」と言わんばかりにロープが無造作に垂れ下がっているような城とか(戸石城)。

クレイジーな城がたくさんあるのに比べればイージーイージー♪

 


道は本当によく整備されている

ということで入ります。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-3

訪れた時期も良かったのでしょうが、太平洋側の城は日当りもよく悲壮感が漂っていないのが特徴ですね。

「高天神城の戦い」では人がいっぱい死んでいますけどね(;´Д`)

ちなみに「追手門」と「大手門」は同じ意味で城の表玄関です。

読みも同じ「おおてもん」です。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-4

遠江を代表する有名な城の一つなので、道は本当によく整備されています。

なんとトイレまで完備。

大自然の中なので、そこら辺でした方が早そうにも思えますが……。

 

城の東側 三の丸からの眺めは絶景だけに

まずは城の東側を守る三の丸へ向かいます。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-5

三の丸には休憩所が完備。

ガチな城だからと言って、ここでツッコミを入れるのをためらってはいけません。

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-6

「せっかくの城跡に関係ないものを作るな!」というツッコミではありません。

「城に入って10分経たないのにもう休憩所かよ!」というツッコミです。

とはいえ城の東側に突出した三の丸からの眺めは最高♪

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-7

地平線の先がもう海です。かすかに遠州灘の水平線も見えますね。

ここ高天神城は今川家によって支配され、今川義元亡き後に独立した徳川家康が奪います。

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しかし、そこにこそ南アルプスを越えてあの御方がやってきます。

そうです。

武田信玄です。

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ともなれば、壮絶な合戦が起きて、両軍、さぞかし多くの方が亡くなられたのでしょう……と思いきや違うんですね。

信玄は、この高天神城の様子を見て『やべぇ、こいつはガチだ……』と一瞬で判断。

こんな城に構っていると時間も兵士も俺様の寿命も足りないわ、とスルーして浜松方面に向かって行くのです。

さすが老練。見極め早し。

ただ最近は、武田軍に包囲されて降伏したという指摘もありますね。

いずれにせよ、こんなところを力攻めで押し切ろうとしたら、いくら大軍でも相当な被害を負うことは明らかでしょう。

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