歴史ドラマ映画レビュー

拷問 拷問 また拷問!切支丹弾圧の恐怖が描かれた映画『沈黙-サイレンス-』

2025/08/04

元和8年(1622年)8月5日、江戸幕府によるキリシタンの大弾圧【元和の大殉教】が起きました。

長崎で55名ものキリスト教徒が火刑や斬首されるという悲劇。

同事件が起きてから、幕府の弾圧はますます厳しくなり、後の【島原の乱】へと続くわけですが、そんなキリスト教迫害の世界を描いた小説が遠藤周作の『沈黙』(→link)です。

そしてこの名著は、マーティン・スコセッシ監督が30年近くにわたって温め、映像化されました。

それが今回注目の映画『沈黙-サイレンス-』です。

長い上映時間。

延々と続く凄惨極まりない拷問描写。

神経をゴリゴリと削られるような、ヘビーな作品です。

基本DATAinfo
タイトル『沈黙 -サイレンス-』
原題Silence
制作年2016年
制作国アメリカ
舞台長崎
時代江戸時代初期(17世紀前半)
主な出演者アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、イッセー尾形、浅野忠信
史実再現度歴史的背景をもとにしたオリジナルキャラクターの物語
特徴宗教ってなんだろう、寛容ってなんだろう

 


あらすじ

17世紀――衝撃的な知らせが、ポルトガルに届く。

「フェレイラが棄教した」

ロドリゴ神父とガルペ神父は、その知らせを信じようとはしなかった。

生涯を掛けて、日本で普及すると誓った師が、信仰を捨てるなどありえない。

二人は危険をものともせず、師の真意を知るために、マカオ経由で日本へ渡ることにする。

そこで待ち受けていたのは、信仰を守ろうとする素朴な人々。

そして江戸幕府による信じがたいほど凄惨な拷問の数々であった――。

 


それはそれ、これはこれ

本作について語る前に、断っておきたい重要な点があります。

当時、日本に訪れていたカトリックの聖職者たちは、必ずしも清廉潔白であったわけではないことです。

※以下は戦国時代における宣教師の関連記事です

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野心家もいれば、ちゃっかり奴隷貿易に手を出す者もいる。

来日のきっかけからして、プロテスタントへの対抗心があるわけです。

カトリックが植民地主義や侵略に利用されることも歴史上はよくあったことで、そこをふまえるとついこう言いたくなるかもしれません。

「本作の神父どもは偉そうに日本に宗教は根付かないだの、えらそうに言うけど、お前らそんなに言えた義理かよ?」

その気持ち、理解できます。歴史サイトのレビューである以上、百も承知です。

ただ、それはそれ、これはこれ。

江戸幕府の役人たちが「この拷問は、お前たちが連れ去って奴隷として売り渡した五兵衛の分!」なんて思いながら拷問したわけでは、まったくないわけで。

確かに来日した聖職者たちには、悪い奴も大勢いました。

しかし、その罪を本作に出てくるフェレイラ、ロドリゴ、ガルペらに着せることは話が通じないでしょう。

ということを前置きして、本題に入りたいと思います。

 

それは日本人が知らない、日本だった

この映画が興味深い点――。

それは【外国から見た江戸時代の日本がどんな国であったか】ということが、わかる点かと思います。

命がけだぞ、死ぬかもしれないぞ、いいのか……そう念押しされて上陸する、ロドリゴとガルペ。そこは自然は美しいものの、まさに秘境ジパングでした。

何といっても、住民がみすぼらしい。

大河ドラマではありえない、ボロ布のような衣装を着た原住民たち。髪はボサボサ、肌は日焼けで真っ黒で荒れています。

小松菜奈さんのようなスタイル抜群美人でも、本作ではやつれ、疲れ切った農婦に過ぎません。

衣食住、すべてが貧しく、惨めな生活……役者たちの魂を感じます。

役作りのためにあばらが浮くほど体を絞った方もチラホラ。

一体どうしたら、この哀れな人々を救えるのだろう?

ロドリゴとガルペの、胸の底から湧き上がってきたであろう気持ちが理解できるのは、彼らの姿があってこそ。

そう、戦乱がやっと終わったばかりの日本において、最も貧しい人々はみすぼらしい生活を送ってきたのです。

もちろん日本人全員がそんな暮らしを送るわけではありません。

都市部では着飾った遊女が道を闊歩しておりますし、武士たちは清潔で洗練された衣服に身を包んでいます。

こんな救いのない民を、どうしたら救えるのか?

あくまで教義に忠実なガルペと、民に寄り添うロドリゴ。

それだけでも精神的に来ると思うのですが、さらに彼らを拷問が待ち受けています。

 


秩序にみちた残虐さ

当時の江戸幕府によるカトリック迫害は――古代ローマを思わせる残虐さに満ちていた――として記録に残されています。

スクリーンを通して、それが私たちの目の前にも現れるわけです。

素朴な、何の害にもならないような民が、異なる神を信じるがために、生きたまま焼かれ、溺死させられる。

拷問、拷問、拷問、また拷問。

そんなオンパレードに息が詰まりそうになります。

一体こんな残虐な拷問を指揮している男は、どんな奴なのだろう?

“悪魔”とすら呼ばれた井上筑後守が目の前にあらわれたとき、ロドリゴとガルペも、観客もあっけにとられるはずです。

井上は、住民たちよりもはるかに洗練されています。

教養にあふれ、柔和そうにも見えて、悪魔からはほど遠い外見に見えます。

古代ローマの暴君ネロのような、粗暴で快楽殺人鬼のような男からは、ほど遠いのです。しかも彼はかつてカトリック教徒であったと思われます。

彼は一方の手に凄惨極まりない拷問という鞭をチラつかせ、もう一方の手には「転びさえすればあたたかく受け入れる」という飴を持ち、ロドリゴに棄教を迫ります。

井上と通辞は、洗練された人物です。教義を理解したうえで、教義をいかにして踏ませるか、巧みに迫ってきます。

この二人は、過去、宣教師に見下された過去があるのか、はたまた棄教した引け目があるのか、屈折した心理でロドリゴに迫って来るのです。

残虐な拷問の数々は、狂気の産物であるかのように思えます。

が、井上は狂気からはもっともほど遠い人物に思えます。

一体これはどうしたものか?

その答えを出すのが、最悪の形で再会したフェレイラなのでした。

 

「沼」とは何か?

フェレイラは、再会したロドリゴに棄教を勧めます。

そのときの有名な台詞が「この国は(すべてのものを腐らせていく)沼だ」という言葉。日本社会批判にも思え、反発する人もいることでしょう。

ただ、私には違う意味のようにも思えました。

システムに歪みがあれば、そこに生きる人々もいびつにならざるをえない――沼で生きているからこそ、温和な紳士のような井上や通辞でも、残虐さに加担せざるを得ない。

彼らは好んで残虐なことをしているわけではなく、ただ組織に対して忠実かつ勤勉なのです。

この「沼」は、当時日本だけにあったとも思えません。

地球の裏側に目を向ければ、カトリックはプロテスタントたちに対して、凄惨な加害行為を行いました。

プロテスタントの肉体に火をつけたカトリック側にあったのは、積極的に加害したいという残虐性ではなく、宗教的な義務感であったことでしょう。

そしてその宗教的な義務感とは、ロドリゴやガルペにもありました。

「プロテスタントを火刑にすることは、正義である」

二人がそう突きつけられた時、どう振る舞うかはわかりません。

宗教的正義を貫いて火を投げ込むのか。

残虐性にふるえ、たいまつを落とすのか。

それはわからないのです。

「沼」というのは巨大なシステムであり、時に人間性を背けてでも盲従せねばならない体制です。

17世紀という時代は、世界各地で国家というシステムがより強靱となった時期にあたります。

・イギリスのエリザベス女王

・フランスのルイ14世

・ロシアのピョートル大帝

・清の康熙帝

・江戸幕府の徳川家康

名君とたとえられる彼らは、強靱な国家体制の基礎を築き上げた人物でした。

そしてそのシステムは、そこからはみ出た者にとっては極めて冷淡なものでした。

ロドリゴ、ガルペ、フェレイラ。

彼らは間違った沼にはまった人物でした。

彼らがいるべき沼にいれば、水鳥のように泳ぎ、快適だと思えたはずです。

歴史のはざまに生きたがゆえに、悲しい一生を送った――本作は、そんな人々の物語なのです。


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【参考】
『沈黙-サイレンス-』(→amazon

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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