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拷問 拷問 また拷問!映画『沈黙-サイレンス-』切支丹弾圧の恐怖

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秩序にみちた残虐さ

当時の江戸幕府によるカトリック迫害は――古代ローマを思わせる残虐さに満ちていた――として記録に残されています。

スクリーンを通して、それが私たちの目の前にも現れるわけです。

素朴な、何の害にもならないような民が、異なる神を信じるがために、生きたまま焼かれ、溺死させられる。

拷問、拷問、拷問、また拷問。

そんなオンパレードに息が詰まりそうになります。

一体こんな残虐な拷問を指揮している男は、どんな奴なのだろう?

“悪魔”とすら呼ばれた井上筑後守が目の前にあらわれたとき、ロドリゴとガルペも、観客もあっけにとられるはずです。

井上は、住民たちよりもはるかに洗練されています。

教養にあふれ、柔和そうにも見えて、悪魔からはほど遠い外見に見えます。

古代ローマの暴君ネロのような、粗暴で快楽殺人鬼のような男からは、ほど遠いのです。しかも彼はかつてカトリック教徒であったと思われます。

彼は一方の手に凄惨極まりない拷問という鞭をチラつかせ、もう一方の手には「転びさえすればあたたかく受け入れる」という飴を持ち、ロドリゴに棄教を迫ります。

井上と通辞は、洗練された人物です。教義を理解したうえで、教義をいかにして踏ませるか、巧みに迫ってきます。

この二人は、過去、宣教師に見下された過去があるのか、はたまた棄教した引け目があるのか、屈折した心理でロドリゴに迫って来るのです。

残虐な拷問の数々は、狂気の産物であるかのように思えます。

が、井上は狂気からはもっともほど遠い人物に思えます。

一体これはどうしたものか?

その答えを出すのが、最悪の形で再会したフェレイラなのでした。

 

「沼」とは何か?

フェレイラは、再会したロドリゴに棄教を勧めます。

そのときの有名な台詞が「この国は(すべてのものを腐らせていく)沼だ」という言葉。日本社会批判にも思え、反発する人もいることでしょう。

ただ、私には違う意味のようにも思えました。

システムに歪みがあれば、そこに生きる人々もいびつにならざるをえない――沼で生きているからこそ、温和な紳士のような井上や通辞でも、残虐さに加担せざるを得ない。

彼らは好んで残虐なことをしているわけではなく、ただ組織に対して忠実かつ勤勉なだけであり、ハンナ・アーレントが指摘した「凡庸な悪」を指摘しているようにも思えるのです。

この「沼」は、当時日本だけにあったとも思えません。

地球の裏側に目を向ければ、カトリックはプロテスタントたちに対して、凄惨な加害行為を行いました。

プロテスタントの肉体に火をつけたカトリック側にあったのは、積極的に加害したいという残虐性ではなく、宗教的な義務感であったことでしょう。

そしてその宗教的な義務感とは、ロドリゴやガルペにもありました。

「プロテスタントを火刑にすることは、正義である」

二人がそう突きつけられた時、どう振る舞うかはわかりません。

宗教的正義を貫いて火を投げ込むのか。

残虐性にふるえ、たいまつを落とすのか。

それはわからないのです。

「沼」というのは巨大なシステムであり、時に人間性を背けてでも盲従せねばならない体制です。

17世紀という時代は、世界各地で国家というシステムがより強靱となった時期にあたります。

・イギリスのエリザベス女王

・フランスのルイ14世

・ロシアのピョートル大帝

・清の康熙帝

・江戸幕府の徳川家康

名君とたとえられる彼らは、強靱な国家体制の基礎を築き上げた人物でした。

そしてそのシステムは、そこからはみ出た者にとっては極めて冷淡なものでした。

ロドリゴ、ガルペ、フェレイラ。

彼らは間違った沼にはまった人物でした。

彼らがいるべき沼にいれば、水鳥のように泳ぎ、快適だと思えたはずです。

歴史のはざまに生きたがゆえに、悲しい一生を送った――本作は、そんな人々の物語なのです。

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著:武者震之助

【参考】
『沈黙-サイレンス-』(→amazon

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