キューバと日本

ゲバラ(左)とカストロ(右)と『座頭市物語』の勝新太郎

歴史ドラマ映画レビュー

キューバが日本を好きだとしたら 勝新太郎と『座頭市』のお陰です

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キューバと勝新太郎『座頭市』
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デブで、むさ苦しく、醜く、酒飲みで、博打うち

教授によると、勝新太郎さんの魅力は「演技力とカリスマ性」だそうです。

特に象徴的なシーンは『座頭市血煙り街道』だとか。

主人公のイチが飛んでいる蠅(ハエ)を真っ二つに切るシーンです。

通常の剣豪でしたらまんざらありえない話ではないですが、盲目の男がこれをやるのですから、そりゃもう外国人にとっては「マーベラス!」な世界でしょう。

教授は、45年が過ぎた今もキューバ人はそのシーンを忘れることができないと言います。

そして、長きにわたってこの映画を親しみ愛していくうちに、なぜキューバ人がイチを愛しているか、教授はある結論に達しました。

かなり長くなりますが、私の言葉で要約するよりも、日本人の琴線にも触れる教授の言葉をご紹介させていただきたいと思います。

しかし、次の段階に来て、私たちは気づいたのです。

何十年もの間、キューバ人は白人で美男子で背が高く、長所で飾られたヒーローというモデルに服従させられていたことに。それはほとんどパーフェクトなヒーローでした。

ところが、イチはそうしたモデルのアンチテーゼだったのです。

デブで、むさ苦しく、醜く、酒飲みで、博打うちで、そのうえ目が見えません。

唯一際立っているのが、その見事な刀剣の腕前です。いわば“取り柄がひとつしかないヒーロー”です。

ボロクソに表現されてますが、続けていきましょう。

愛ゆえの冷静な分析ですね。

また、イチは“ドン・キ・ホーテ的”というか、“騎士道的”精神を体現しています。

貧しい人々、弱い人々の味方になり、女性を守り、権力者をからかいます。

こうした精神はどこの国のどの文化でも称賛されるものですが、当時の革命下のキューバではとりわけ威力を発揮しました。

しかも、キューバ人は“騎士”を賞賛するスペインの血を引いているので、その価値観は伝統的なものでもあります。

弱き立場に立ち、権力者に歯向かう。

これはいつの時代も称賛され、求められる要素ですよね。

では続けましょう。

キューバ人とイチを近づけた、もうひとつの我々の文化的特徴はユーモアです。

ユーモアの扱いが、『座頭市』の作品はとても巧みで、元をたどっていくと、それは勝新太郎によって造形された人物像の把握自体にあります。

人をからかうのが大好きなキューバ人はイチに魅了されました。

いえ、勝新太郎にと言うべきかもしれません。もし両者を分けることができるのならば……。役者と役柄がこれほど一体化している例はめったにありません。

なぜなら、私たち大半の人間は、美しくもなければ、背も高くなく、ありとあらゆる長所で飾られているわけではありません。

でも、もしかしたら、ひとつぐらいなら良いところがあるかもしれません。イチのように。

同じように、取り立てて長所はないけれど、仕事においては有能だったりエキスパートだったりする、キューバのごく普通の人や一介の労働者は、この自分に似たヒーローをいとも容易く受け入れることができました。

なんというストレートで素直な言葉でしょうか。

外見はイケてない。長所もふんだんにあるわけじゃない。されど一つのことには飛び抜けている――。

非常に大事なことですよね。

特に「欠点を矯正する方向に目が向き、飛び抜けた能力は抑えようとする」そんなシステムが働きがちな日本社会においては、非常に重要な要素かもしれません。

そして、しつこいようですが勝新太郎さんは、「パンツははかない」ユーモアも持ちあわせており、キューバ人たちに大いに受け入れられたようです。

最後に、そのわかりやすいエピソードをご紹介いたしましょう。

タラップを降りるときに仕込み杖を持ち、盲目のフリを

それは1975年6月に勝新太郎さんがキューバを訪れた時のことです。

勝さんは飛行機から姿を見せる時、映画の主人公・イチが持つ仕込み杖(刀が隠された杖)を持ちながら、盲人のフリをしてタラップを降りたというのです。

わかりやすいパフォーマンスと言えばそれまでですが、いざ外国に出向いて行って、そんな芝居が出来る日本人の俳優が今どれだけいるでしょう?

これに対し、同国では拍手喝采を送り、「彼は冗談好きのキューバ人だった」と評されたようです。キューバでは最上級の賛辞で「親近感と共感」を表すとか。

ちなみにキューバでは現在も、数多の日本文化が根付いているようです。

盆栽、空手、剣道、合気道に折り紙などなど。そしてテレビでは日本のアニメが放映されているとか。

そこに座頭市の影響がないわけはなく、1997年に日本のテレビ局がキューバを訪れ、「最も有名な日本人は誰か?」という調査をしたところ、多くのキューバ人が「目をつぶったまま剣を振り回した」とのことです。

まるでノリのよい関西人ですが、教授をしてそれはこう評されました。

「キューバでは勝新太郎は死んでいないのです。ある年代のキューバ人は皆、彼のおかげでちょっとだけ座頭市なのです」

不覚ながら、ジーンときちゃいますよね。

みなさんもよろしければ一度、映画『座頭市』(→amazon)をご覧になってください。

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文・五十嵐利休

【参照】
『座頭市:キューバ人にとってのヒーロー』2012年11月8日明治大学講義(→link
映画『座頭市』(→amazon

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