今なお数多のファンを喜ばせている『ゴールデンカムイ』ですが、その中で杉元佐一と並んで最も重要なキャラクターといえばアシㇼパでしょう。
実写版では山田杏奈さんが演じるアイヌの少女。
改めてこの魅力的なヒロインについて考察すると同時に、彼女にまつわるモヤモヤの正体を考えてみたいと思います。
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ヒグマを倒す小柄なアイヌの少女
『ゴールデンカムイ』は日露戦争から戻った和人の元軍人である杉元佐一と、アシㇼパが出会うところから話が勢いよく進み始めます。
アシㇼパの登場シーンは、これ以上のインパクトはないと思えるほど鮮やかさ。
凶暴なヒグマ相手に戦う杉元の前にあらわれると冷静に矢を射かけ、二人で協力してヒグマを倒すと、アシㇼパは「シサム(和人)にしてはなかなかやる」と杉元を認めるのです。
杉元から刺青人皮について聞いたアシㇼパは、自分のアチャ(父)も、刺青人皮をめぐる争いの中で命を落としたと語ります。
二人は手を組み、刺青人皮を集め、金塊を見つけることを契約し、冒険が始まるのです。
この場面は映像化されるとアクションもキレキレ! ヒグマも迫力満点です。
しかし、その動きだけでなく、アシㇼパというヒロインがいかに斬新な登場をしているのか、改めて考えてみたいところです。
ジェンダー規範を超えるヒロイン
アシㇼパと、他のアイヌ女性を比較してみましょう。
頭部につけたアシㇼパのマタンプㇱには刺繍が入っています。
しかし、女性は入っておりません。刺繍入りのマタンプㇱを女性が日常的に着用するのは、明治時代後期になってからのことです。
アシㇼパの口の周りには、他のアイヌ女性と異なり、シヌイェ(刺青)が施されておりません。
本人の口から新しい女だから入れないと語られています。明治政府が禁止した風習であるからには、アシㇼパは素直に従ったようにも思えます。
しかし、シヌイェをしていないと結婚できないとされていたことをふまえると、ジェンダー規範への反抗にも思えます。
そしてアシㇼパを語る上でなんといっても欠かせないのが、弓矢です。
アイヌでは男性が狩猟を行うとされています。女性でありながら弓矢を装備し、ヒグマを倒すアシㇼパは個性的で、やはりジェンダー規範を破っていると思えます。
これはアイヌだけのことでもありません。近年の調査ではハンターの比率における男女比は、そこまで大きく差がないと判明してきました。
時代が下り、ジェンダー規範を当てはめた結果、歴史があやまって認識されていたのです。
「男が狩猟、女は採集」という古い規範踏み越えつつ、アシㇼパは物語に登場したのです。
◆9000年前に女性ハンター、「男は狩り、女は採集」覆す発見(→link)
物語が進んでいくと、アシㇼパがこうなったのは、父の教育方針ゆえだったと明かされます。そこで杉元はこう嘆くのです。
アシㇼパはアイヌのために戦うジャンヌ・ダルクなのか!ーーと。
実は初登場時からアシㇼパは、ただの少女にとどまらぬ要素がいくつもありました。アイヌ文化に馴染まなければこの謎は解きにくく、杉元同様、多くの読者も罠にかかる仕掛けとも言えます。
アシㇼパさんと杉元が「ヒンナヒンナ」をする旅路に溢れる誠意
『ゴールデンカムイ』の展開は、アシㇼパの扱いによって大きく区切ることができます。
前半部は、杉元とアシㇼパ、それに白石を加えたトリオが基本となります。
刺青人皮争奪がプロットの根幹としてあるものの、印象的であるのは北海道を旅して周り、そこでアイヌ独自のご当地グルメを楽しむ姿です。
殺戮に手を染めてきた凶悪犯罪者と命のやりとりをしつつも、どこま牧歌的に思える旅路が続いてゆきます。アシㇼパが見せてくるアイヌの知恵、特に食に関するものは本作を決定づけるものといえます。
食文化ひとつとっても、アイヌと和人は前提からして大きく異なります。
和人は、仏教の影響が食生活に大きな影響をあたえています。人間にとって益獣と見做された動物は、命を奪ってはならないとして、口にしなくなりました。
農耕に用いる牛馬。朝の訪れを告げる鶏がこれに該当します。
アイヌの場合、むしろカムイとして矢にあたりに来ると考えられる。
動物を殺して食べることを残酷だとみなすわけではない。むしろ欠かせぬ営みでした。
こうした考え方を、和人は真摯に考えてきたかどうか。
アイヌのヒロイン像として、アシㇼパとナコルルを比較してみましょう。
1990年代に大ヒットした格闘ゲーム『サムライスピリッツ』シリーズに登場するキャラクターです。
「大自然のおしおきよ」
そんな決め台詞があるナコルル。彼女のいるステージの背景には、ヒグマを含めた野生動物がいます。
アイヌはヒグマの幼獣は飼育するものの、成獣をそうすることはありません。あの描き方は、動物と触れ合い心を通い合わせるディズニープリンセスのような像をナコルルに反映しているように思えました。
現代の自然保護や動物愛護活動と混同しているような造型に見えたのです。
一方でアシㇼパは、ヒグマに矢を放つ。野生動物を撲殺し食べる。一線を画し、より正確に描かれたアイヌ像といえました。
動物の肉を、アシㇼパと杉元が変顔をしながら食べる。「ヒンナヒンナ」というアシㇼパが食事時に発するセリフは、この作品の象徴となりました。
そのせいか、読者の間では誤解が広まってしまっています。「ヒンナヒンナ」は食事の際だけにいう言い回しでもありません。
映画版では誤解を招かないように、アシㇼパの家独自の風習と説明がなされておりました。
そんな幸せで牧歌的な世界観は、アシㇼパが彼女の父であるアチャと再会する網走監獄編で転換点を迎えます。
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