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【上弦の肆・半天狗】
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感情を偽り、操るものは非常に厄介
半天狗は、鬼の中でもうっとうしい血鬼術を使います。
ただ強いのではなく、イライラさせられた方も多いでしょう。
彼の歪んだ自意識も関係していて、半天狗は自分自身をこう定義しています。
「悪者共が、力のない弱い者をイジメる」
「儂は善良な弱者でこれほど可哀想なのに誰も同情してくれない」
「儂は生まれてから一度たりとも嘘など吐いたことがない。善良な弱者だ、此れほど可哀想なのに誰も同情しない」
人間時代からそうだったのでしょう。
小柄で力もない彼は、善人を装い、騙すことで罪を犯してきた。そのために感情を操ってきた。
相手が信じるように喜んでみせ、うまくいかなければ怒りで相手を脅し、楽しむふりをし、悲しみを装って泣いてきた。
鬼になってからこそ血鬼術を使えたものの、感情を操ることはその前からできたのです。
そんな感情を操る達人が、まだ若く、自分の感情すら操れない鬼殺隊の面々と対峙します。
戦いの中で成長することはバトルもののお約束。
感情のコントール名人と、それができない者の対峙は、まるで一種の心理戦のような趣すら見えてきます。
空気を読めない炭治郎は天敵だ
「刀鍛冶編」は無一郎が玉壺と、炭治郎と玄弥が主に半天狗と対峙し、蜜璃も遅れて加勢します。
炭治郎と玄弥の相性はあまりよくないように思えます。
玄弥がちょっと引いているのに対し、炭治郎はまったく動じずに距離感を縮めようとする。
双方向性があるのかないのかわからない中、戦いながら炭治郎は「あきらめるな!」と玄弥を励まし続ける。
この空気を読めない、対話をしない個性は半天狗にも発揮されます。
半天狗が「悪人め!」と言おうが炭治郎は立ち止まらない。聞く耳を持ちません。むしろ怒りくるい、どこがだ!と迫ります。
“普通”の人だったら「お前は悪人だ!」と言われたら立ち止まってしまうかもしれない。
しかし、炭治郎は止まりません。このコミュニケーションで突き進む暴走性は、彼の特徴です。
夜明けが迫る中、炭治郎はこう叫びながら半天狗を追いかけます。
「貴様アアア!! 逃げるなアア!!! 責任から逃げるなアア! お前が今まで犯した罪、悪業、その全ての責任は必ず取らせる、絶対に逃がさない!!」
責任から逃れ続けた半天狗と、それをゆるさない炭治郎。
あの奉行が予見した通りの結末へ突き進んでゆきます。
『鬼滅の刃』竈門炭治郎は日本の劉備だ~徳とお人好しが社会に必要な理由
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そこで考えたいことがあります。
このとき炭治郎は禰豆子と共に戦っています。
鬼の禰豆子は日光を浴びると消えてしまう。その危険性を踏まえつつも、炭治郎は止まりませんでした。
彼自身それを認識しており、妹を犠牲にして勝利したと苦い感慨を抱いています。それはある奇跡により回避されるのですが、その展開を炭治郎が予想できていたはずもありません。
そこを踏まえると、炭治郎は感情が暴走すると止められないということがわかります。
なかなか面倒な個性です。
隣にいそうな「サイコパス」
半天狗は、他の鬼とは異なり、なんとなく今まで出会ったような生々しさがあります。
半天狗は「サイコパス」かもしれません。
「サイコパス」というと、映画やドラマに出てくる冷酷な知能犯を連想させます。
眼鏡を押し上げ、
「さあ、ゲームの始まりです――」
とか言いながら、凶悪犯罪をやらかす。そんな像が思い浮かぶかもしれません。
確かにそうした人物もサイコパスとして当てはまるかもしれませんが、そうでないケースもあります。
責任感がなく、罪を犯した苦しみもない。人を苦しめようが、自分のせいでないと開き直る。
そのくせ外面はよく、相手を信頼させてしまう。だからむしろ善良な顔で社会に溶け込んでしまう。
半天狗はそんなリアリティを感じさせる悪党です。
そしてこのサイコパス気質は、他の上限の鬼にもいます。
人の悩み、弱み、そして感情につけこみ操る。目の前で相手が苦しみのたうち回ろうが笑顔でいられる。
そんな邪悪なサイコパスを倒すとなれば、相手の感情ごと捻り潰す人物が適しています。
自分の感情コントールができないがゆえに、相手の心理戦すら通じない。そんな対決が、この先も待っています。アニメで見ることを楽しみにして待ちましょう。
『鬼滅の刃』は人間の心理状態が細かく描かれた漫画です。
そのため個性も強く、セリフや説明が長いという感想もあります。
一方で、前述したように炭治郎はじめ、感情の表現が苦手な人物が多い。
社会を生きるうえで、そのことはしばしば誤解につながります。不利なように思えます。
しかし、だからこそ強みとして生かすこともできるはず。そんな可能性を伝えてくれる、令和という時代が求める作品であるとも思えます。
炭治郎たちの個性を際立たせるためには、凡庸な小悪党が効果的です。
半天狗はその役割を果たす、狡猾な生き方を身につけた、老獪な大人です。
感情を操り、責任から逃げる。そんな凡庸なる悪がどれだけ鬱陶しく、社会にとっても有害であるか。
苦々しい思いをしながらも、興味深いものがあるのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
『鬼滅の刃』13巻(→amazon)14巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)