アニメ『鬼滅の刃』「刀鍛冶編」の放映をご覧になられましたか?
「遊郭編」で上弦の鬼・陸(ろく)が登場し、今度はその上にいる伍(ご)と肆(し)が登場。
数多いる鬼の中でも、不快感指数トップクラスにいるのが、この「肆の半天狗」でしょう。
ずる賢いだけでなく、妙な生々しさがあり、人が本能的に嫌がる要素を持ち合わせているような……だからこそ興味深くもある。
半天狗とは一体なんなのか、考察してみましょう。

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分裂し、感情を司る半天狗
遊郭編の敵であった陸(ろく)の兄妹とは異なり、刀鍛冶編の鬼は卑劣で、格好悪く、とにかく不快です。
しかも肆・半天狗は嫌なリアリティがあり、それがかえって見る者の心をざわつかせる。
半天狗には、上弦の証として瞳に浮かび上がる数字「肆」の文字が体にあります。目は半ば閉じられていて、瞳は白目の部分まで黒く染まっているからでしょう。
そしてそこから、感情を司る分身が出てきます。
半天狗が登場する少し前に、炭治郎とカナヲの場面がありました。
重傷を負い、眠り続ける炭治郎に花瓶に生けた花を持ってきたカナヲ。

『鬼滅の刃』18巻(→amazon)
彼が目を覚ますと、花瓶を落として驚きながら黙って彼の枕元にいました。花瓶は落ちたままで片付けもしない。
その様子を見にきた隠(世話係)の一人が、炭治郎が目覚めたのに誰にも告げず、花瓶を片付けないカナヲに呆れていました。
他の人たちが炭治郎の回復に気づき、泣き笑う場面が対照的に描かれます。
カナヲは感情表現が苦手なのです。
彼女だって炭治郎の回復に驚いたし、嬉しい。だからこそ手にしていた花瓶を落としてしまう。けれども、その感情をうまく出せません。
「刀鍛冶の里編」で活躍する霞柱・時透無一郎も、感情表現がうまくできません。

『鬼滅の刃』12巻(→amazon)
不死川玄弥は素直な少年です。
しかし兄である風柱・不死川実弥ともども、当時の価値観やジェンダー観もあってうまく言語化や表現ができず、人間関係の構築につまづいています。
炭治郎と恋柱・甘露寺蜜璃は、むしろ感情表現が赤裸々です。
そのためちょっとずれていると誤解もされますが、不器用な周囲を和ませることもできます。
そんな彼らと半天狗を比べてみましょう。
半天狗は、感情を司る分身を生み出します。
空を自在に飛び回る「空喜」。
錫杖から電撃を放つ「積怒」。
三叉槍を操る「哀絶」。
天狗のように、八手の葉で作った団扇を手にし、トップをお起こす「可楽」。
さらにば喜怒哀楽鬼を結合させた「憎珀天」、「恨」の鬼をも繰り出します。
半天狗は鬼になった時点でかなり歳をとっていました。加齢により感情のコントロールを身につけ、老獪になっていた人物であったことがわかります。
奉行のお裁きで打首宣告された人間時代
老獪な半天狗は、人間時代からその感情を悪用していました。
彼は19世紀初頭に無惨に呼び出されていて、その前には鬼になっています。
人間時代は江戸時代中期以降を生きていたと推察でき、当時の悪事からして、あまりにせせこましいものでした。
盲目を装い、親切心につけこんだ犯罪を繰り返していたところ、

葛飾北斎『北斎漫画』の座頭と瞽女/wikipediaより引用
当道座(江戸時代の盲人互助組織)の仲間から、悪事を告発されます。
その相手を殺して捕まると、奉行の前に引き立てられました。
奉行は厳しく追及します。
「貴様のした事は他の誰でもない貴様が責任を取れ」
「この二枚舌の大嘘付きめ」
「貴様は目が見えているだろう」
「以前この白洲の場へ来た按摩(あんま)は私が話し始めるまで塀の方を向いていたぞ」
奉行は盲目は嘘であると見抜いていたのです。
それでも見苦しく言い訳をする半天狗。
「儂が悪いのではない! この手が悪いのだ!」
「手が悪いと申すか! ならばその両腕を切り落とす!」
過去の悪事も裁いた奉行により、半天狗は投獄され、打首の前日、無惨に鬼にされたのでした。
鬼になった半天狗は奉行を襲います。
奉行は死を前にしても命乞いをすることもありません。
「貴様が何と言い逃れようと事実は変わらぬ 口封じしたところで無駄だ。その薄汚い命をもって罪を償う時が必ずくる」
そう言い残して死んだのですが、その峻烈な正義感から、この名もなき奉行は人気があります。「サイコロステーキ先輩」に勝るとも劣らないとか。
このように半天狗は、鬼の中でも同情の余地がなく、かつせせこましい悪事を働いています。
無惨もさしたる期待もせず、なんとなく鬼にしたのでしょう。
それが時折鬱陶しいと感じるものの、実力的には大当たり。ついに半天狗は上弦にまで上り詰めたのです。
感情を偽り、操るものは非常に厄介
半天狗は、鬼の中でもうっとうしい血鬼術を使います。
ただ強いのではなく、イライラさせられた方も多いでしょう。
彼の歪んだ自意識も関係していて、半天狗は自分自身をこう定義しています。
「悪者共が、力のない弱い者をイジメる」
「儂は善良な弱者でこれほど可哀想なのに誰も同情してくれない」
「儂は生まれてから一度たりとも嘘など吐いたことがない。善良な弱者だ、此れほど可哀想なのに誰も同情しない」
人間時代からそうだったのでしょう。
小柄で力もない彼は、善人を装い、騙すことで罪を犯してきた。そのために感情を操ってきた。
相手が信じるように喜んでみせ、うまくいかなければ怒りで相手を脅し、楽しむふりをし、悲しみを装って泣いてきた。
鬼になってからこそ血鬼術を使えたものの、感情を操ることはその前からできたのです。
そんな感情を操る達人が、まだ若く、自分の感情すら操れない鬼殺隊の面々と対峙します。
戦いの中で成長することはバトルもののお約束。
感情のコントール名人と、それができない者の対峙は、まるで一種の心理戦のような趣すら見えてきます。
空気を読めない炭治郎は天敵だ
「刀鍛冶編」は無一郎が玉壺と、炭治郎と玄弥が主に半天狗と対峙し、蜜璃も遅れて加勢します。
炭治郎と玄弥の相性はあまりよくないように思えます。
玄弥がちょっと引いているのに対し、炭治郎はまったく動じずに距離感を縮めようとする。
双方向性があるのかないのかわからない中、戦いながら炭治郎は「あきらめるな!」と玄弥を励まし続ける。
この空気を読めない、対話をしない個性は半天狗にも発揮されます。
半天狗が「悪人め!」と言おうが炭治郎は立ち止まらない。聞く耳を持ちません。むしろ怒りくるい、どこがだ!と迫ります。
“普通”の人だったら「お前は悪人だ!」と言われたら立ち止まってしまうかもしれない。
しかし、炭治郎は止まりません。このコミュニケーションで突き進む暴走性は、彼の特徴です。
夜明けが迫る中、炭治郎はこう叫びながら半天狗を追いかけます。
「貴様アアア!! 逃げるなアア!!! 責任から逃げるなアア! お前が今まで犯した罪、悪業、その全ての責任は必ず取らせる、絶対に逃がさない!!」
責任から逃れ続けた半天狗と、それをゆるさない炭治郎。
あの奉行が予見した通りの結末へ突き進んでゆきます。
そこで考えたいことがあります。
このとき炭治郎は禰豆子と共に戦っています。
鬼の禰豆子は日光を浴びると消えてしまう。その危険性を踏まえつつも、炭治郎は止まりませんでした。
彼自身それを認識しており、妹を犠牲にして勝利したと苦い感慨を抱いています。それはある奇跡により回避されるのですが、その展開を炭治郎が予想できていたはずもありません。
そこを踏まえると、炭治郎は感情が暴走すると止められないということがわかります。
なかなか面倒な個性です。
隣にいそうな「サイコパス」
半天狗は、他の鬼とは異なり、なんとなく今まで出会ったような生々しさがあります。
半天狗は「サイコパス」かもしれません。
「サイコパス」というと、映画やドラマに出てくる冷酷な知能犯を連想させます。
眼鏡を押し上げ、
「さあ、ゲームの始まりです――」
とか言いながら、凶悪犯罪をやらかす。そんな像が思い浮かぶかもしれません。
確かにそうした人物もサイコパスとして当てはまるかもしれませんが、そうでないケースもあります。
責任感がなく、罪を犯した苦しみもない。人を苦しめようが、自分のせいでないと開き直る。
そのくせ外面はよく、相手を信頼させてしまう。だからむしろ善良な顔で社会に溶け込んでしまう。
半天狗はそんなリアリティを感じさせる悪党です。

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そしてこのサイコパス気質は、他の上限の鬼にもいます。
人の悩み、弱み、そして感情につけこみ操る。目の前で相手が苦しみのたうち回ろうが笑顔でいられる。
そんな邪悪なサイコパスを倒すとなれば、相手の感情ごと捻り潰す人物が適しています。
自分の感情コントールができないがゆえに、相手の心理戦すら通じない。そんな対決が、この先も待っています。アニメで見ることを楽しみにして待ちましょう。
『鬼滅の刃』は人間の心理状態が細かく描かれた漫画です。
そのため個性も強く、セリフや説明が長いという感想もあります。
一方で、前述したように炭治郎はじめ、感情の表現が苦手な人物が多い。
社会を生きるうえで、そのことはしばしば誤解につながります。不利なように思えます。
しかし、だからこそ強みとして生かすこともできるはず。そんな可能性を伝えてくれる、令和という時代が求める作品であるとも思えます。
炭治郎たちの個性を際立たせるためには、凡庸な小悪党が効果的です。
半天狗はその役割を果たす、狡猾な生き方を身につけた、老獪な大人です。
感情を操り、責任から逃げる。そんな凡庸なる悪がどれだけ鬱陶しく、社会にとっても有害であるか。
苦々しい思いをしながらも、興味深いものがあるのです。
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【参考】
『鬼滅の刃』13巻(→amazon)14巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)





