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数十年越しの復讐劇
ハルパゴスのすごいところは、ここで眉ひとつ動かさなかったことだろう。
「王のなされることにはどのようなことでも、私は満足でございます」
そう頭を下げ、残った肉をお土産にして屋敷へ持ち帰ったのだ。最愛の息子を埋葬するために……。
ハルパゴスはその後も、何食わぬ顔で一層の忠義に励み、アステュアゲスの信頼を勝ち得る。
その一方で、重臣たちやメディア王国に支配された人々に入念な根回しを行い、徐々に味方を増やしていった。
「あいつ、娘のおもらしの夢ばっか見てるやん。王様としてアカンやろ!」という内容だったか否か。
キュロスにもウサギの腹に手紙を仕込んで送り、反乱を唆す。
決めてはやはりこれだろう。
「あなたを赤子のときに殺そうとしたのはだれか、思い出せ!」
ハルパゴスは耐えた。
キュロスが成人し、ペルシア人たちを味方につけ、メディア王国に対して反乱を起こすまで。
数十年以上、じっと耐えた。
そして、その甲斐があった。
キュロスの反乱を鎮圧するため、自分が総司令官に選ばれたのだ。
そこで華麗な裏切りを決めて、敵のキュロスを勝利に導き、アケメネス朝ペルシア建国の一翼を担ったのである。
キュロスという男は、かなりの度量だった。
アステュアゲスには何も危害を加えず、死ぬまで自分のもとに置いたのだ。
彼はペルシアを侵略したリディアを返り討ちにして征服した時も、リディア王クロイソスを殺さず、参謀として遇している。
ハルパゴスとメディア王のその後
ハルパゴスはその後も、キュロスの片腕として活躍したようだ。
彼がヘロドトスの『歴史』に初登場するのは、リディアの首都サルディス近郊で、キュロスが前述のクロイソスと対峙した時のこと。
キュロスはリディアの騎馬部隊が予想以上に精強なことに恐れを抱いていた。
するとハルパゴスが、ラクダ騎兵を編成してこれに当たらせるという策を勧める。
馬はラクダの体臭を嫌うからだ。
と、この策が大当たり。リディアの騎馬部隊はキュロスのラクダ部隊と遭遇するや否や戦わずして四散してしまった。
この策は後年、ローマや十字軍を相手にも採用され、戦果を挙げている。
騎馬隊にはラクダ騎兵――これ、中東で戦うときの豆知識。
またキュロスは、当初、対イオニア(小アジアのエーゲ海沿岸部)戦線の司令官にマザレスという男を任命していたが、彼が病死すると後任にはハルパゴスを指名。
ハルパゴスは相手を街に追い詰め、城壁の前に土を盛って攻略する“盛り土”作戦でイオニアの諸都市を征服したと伝えられている。
やなぎ ひでとし・記
【参考】
『ヒストリエ(1)』岩明均:講談社(→amazon)