十 ~忍法魔界転生~

『十 ~忍法魔界転生~』一巻/amazonより引用

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転生した剣豪たちを十兵衛が薙ぎ倒す 漫画『十 ~忍法魔界転生~』が不気味で面白い

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魔界転生とは、犠牲なくして成立せず

魔界転生をする連中は、実は前提からして地獄に落ちるとは分かりきったことであると思えます。

その条件は『柳生忍法帖』(漫画版『Y十M』)でもわかる。

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女性を踏みにじる連中は死ぬしかないと十兵衛は言い切っております。

ゆえに、十兵衛は性欲すら見せません。

山風といえばエロ、エロといえば山風とはされますが、最強剣豪クラスはむしろ禁欲的です。

ひるがえって、魔界転生衆は前作の敵・会津七本槍よりもひどい。

忍体として女体を必ず犠牲にしているのです。

『十~忍法魔界転生~』9巻(→amazon

女――しかも場合によっては自分にとって最愛の存在を殺すことが前提である以上、お前らはもう地獄行きだということは示されてはおります。

忍体として犠牲になる女性は洗脳されているものの、嫌であることは確かなのです。

十兵衛が守る三人娘は強硬に反対しますし、キリシタンくノ一のお品も、洗脳が解けると苦痛であったことが示される。

魔界転生とは、そもそもが女性の犠牲を前提としているのです。

映画版のように細川ガラシャを魔界転生させることは面白いし、原作者の山田本人も感心したそうですが、ちょっとテーマとしてずれてきてしまいます。

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有名ゲームや何やらで、本作の恨みを持った歴史上の人物を復活させるものはたくさんあります。

ただ……魔界転生そのもののシステムに意味があるのではないかとは思うのです。

女性が犠牲になる構図は、魔界転生が完了しても続きます。

魔界転生を果たした奴らは、女相手に暴力を振るい、殺しまくっていると示されています。

これまたせがわまさき画で、はっきりとそのグロテスクな様子が描かれます。

せがわまさきの絵がなまじ綺麗なだけに「うひょー! エロー!」となりそうですが、それだけでよいのか?

実は、なかなか苦い作品なのです。

 


魔界転生してやりたかったことがソレですか……

魔界転生をすると、とてつもなく強いだけではなく、良識のタガが外れてなんでもやっちまう。

そういう前提条件はあるとはいえ、それどころじゃない邪悪さが滲んできているのもおそろしい。

前述の通り、やることが女性を暴行し、殺しまくる。

魔界転生に至るまでの動機には、同情できない点がないわけではありません。

キリシタンのために戦ったとか。

青春を全部捨ててまで仇討ちや武芸精進、剣術指南役生活に費やしたとか。

そういう不満はわかる。

けれども、自由になってすることがソレか!

原作も強烈ですが、漫画になるともっとスゴい。

ツインテールとか、三つ編みとか。なんか弾けたかったのはわかるけれども、斜め上のおしゃれに目覚めちゃっているので、見て確かめて欲しいとしか言いようがないのですが……。

あのおっさんのツインテールで笑ったあと、魔界転生衆のやらかしも考えてみましょう。

以下のフレーズをご存知ですか?

「いってらっしゃい。エイズに気をつけて」

1991年、エイズ予防財団のポスターについていたコピーです。写真にはパスポートで顔を隠したスーツ姿の男性像が映っております。

どういうことかと言いますと、海外で性的にハメを外すツアーが、当時、当たり前のように行われていたということです。

昭和の読者投稿欄には「営業で好成績をあげた夫が、ご褒美としてこうしたツアーに行くことがショックです……」などというおそろしい悩みが掲載されておりました。

なぜそんな話をするのか?

日本社会では仕事で疲れ果ててしまう男性が、性的なサービスで息抜きをする構図が認められていたものなのです。

そんなのどこの国でも同じでしょうか?

プロテスタント国家ではそういう息抜きは名目的にはいけませんので、在日米軍と家族間で問題になった……なんて話もありますが。

吉川英治の『宮本武蔵』が、戦時中に戦争に出征した青年たちの愛読書であった。

その青年が作家になって、描いてしまう魔界転生衆。

社会的に成功をおさめていようが、不満を募らせれば平気で女性を犠牲にする。それを悪びれることもない。仕事のストレスは女を無茶苦茶にして晴らす。

滅法おもしろいだけに、エンタメとして消費され、深く考えられずにいたような作品ではあるのですが……じっくり読み返してみると、昭和の日本社会が積み上げてきた、澱のような暗さが滲んでくるのです。

 


柳生十兵衛に光明を見いだせ

魔界転生衆とそのゆかいでもない仲間たちを考えると、どこまでも暗く意識が沈んでゆきますが……。

そういう昭和の闇を打ち破る存在が我らの十兵衛。

◆十兵衛は魔界転生に興味がありません

自分自身の生活に充足感があれば、ああいうものには引っかからない

◆十兵衛はエロを退けます

案の定、美女が彼を誘惑しますが、ひょうひょうとかわし続ける

◆十兵衛はフリーターです

これまた宮本武蔵との対比を考えてみますと……武蔵は「俺、ぶっちゃけ就職したかったんすわ」という動機を最後の最後にぶちかまします。

吉川英治版の、武芸さえあれば満足できた世界とは真逆。

大企業に就職するのが勝ち組であり、終身雇用制度こそパラダイス――そんな昭和の世界観を感じさせる話ではあります。

しかし十兵衛は、フリー剣豪ライフに悔いはない。名誉も勝利も求めていない。自由でありたい。

ふら〜っとしているからこそ、あそこまで強いようにも思えます。

滅法強い柳生十兵衛

医大卒でありながらも、医者ではなく作家になった。のほほんとマイペースに生きてきて、日記には家族愛がほとばしっている。山田風太郎本人の姿のようにも、思えなくはありません。

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そういう十兵衛が、青春のシンボルのような武蔵と向き合い、勝利したあと、呆然とした顔で立ち去ってゆく。

本作のラストは、充足感も大団円らしい明るさもない。

どこへ行くのか?

呆然としたまま立ち去る、そんな十兵衛で幕を閉じます……。

山田風太郎の日記を読み、本作を読み返すと、見えてくるのは闇の深さ。

せがわまさき版は原作に忠実で、アレンジを加えない点と、女性側の苦痛や洗脳された顔が生々しいからこそ、はっきり言って怖さが際立ちます。

エンタメとして読んで滅法おそろしいことは保証します。

それだけではない、おそろしい世界を、ラストで呆然とした十兵衛の表情まで、堪能していただきたいと思える作品です。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考】
山田風太郎/せがわまさき『十 ~忍法魔界転生~』(→amazon

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