日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

本郷和人歴史キュレーション 大坂の陣

大坂の陣で秀頼を裏切った元大名の浪人とは誰だ!? 本郷教授の「歴史キュレーション」

更新日:

 

日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。

今週のテーマは【大坂の陣で豊臣秀頼を裏切った元大名の浪人とは誰だ!?】です。

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 

◆大坂の陣、迫真「戦場ルポ」…オランダ人が記述 読売新聞 9月16日

「へー。なるほどねー。オランダに史料が残っているのね。こういう史料を探してみよう、という発想はなかなかないでしょ?」
本郷「そうだね。たしかに。キリスト教関係の史料の重要性は分かっていたけれど、そうか、大坂の陣などの見聞録も残っているんだね」
「問題は新しい情報が出てくるか、なんだけれど、『秀頼の数人の大名が赦免が得られると考え、皇帝(家康)側に寝返るために城に火をつけたが、彼らは逃げる前に秀頼によって、その場で(石垣から)落とされて死んだ』とあるわね。これなんか、どう?」
本郷「大阪城天守閣の跡部信・主任学芸員が『徳川家の正史《徳川実紀》などに大坂城内で裏切り者が出たとの記述はあるが、制裁で石垣から突き落とされた経緯は文献上もない』と言われているように、正確な情報とは、ちょっと考えられないかなあ」
「秀頼方についた大名、というのはどういうことなのかな?」
本郷「うーん。むずかしいなあ。大坂城に入城した元・大名、というつもりだろうか?」
「長宗我部盛親とか、真田信繁(幸村)とか、毛利勝永とかね」
本郷「真田や毛利は大名なのかな-。お父さんの昌幸や勝信が大名だっただけじゃないのかなー」
「いやいやいや。信繁はお父さんとは別に1万石あまりを、勝永はお父さんの6万石のうちに1万石をもらっているという話よ。ちなみに『勝信(父)-勝永(子)』という名前も後世の呼び方で、残された文書を見てみると、『吉成-吉政』というのが正しいみたいよ。秀吉の一字をいただいている、と考えれば、とてもいい具合よね」
本郷「くわしいなー。うん。毛利の方はいいとしても、信繁はどうなんだろう。ぼくはあんまり納得してないけれど。それについては、もうちょっと考えさせて下さい。まあ、それはそれとして、彼らが夏の陣で裏切る、なんて史実はもちろんないわけだけど、そんな噂がとびかっていたのかな?」
「どうなんでしょう? 夏の陣の時点では明らかに勝負はついていたわけだから。裏切るくらいなら、戦いの前に城を出ているんじゃない? 織田有楽斎と息子の左門なんかは実際にそうしていたわけだし」
本郷「うん。その考えには賛成だな。いわゆる浪人衆に、あの時点での裏切りはあり得ないよね。そうなると、大野治長らの上級家臣のこと?」
「大野は1万5000石ね。速水守久ほか七手組の人たちも、万石以上取ってる人はいるわね。そういう人たちを『大名』って呼んだのかしら」
本郷「ふんふん。そうなると、わずかだけれど、思い当たるうさんくさい人はいるなあ。ばっちり当てはまる、というわけじゃあないんだけれどね」
「え? 大坂城にいながら、裏切った大名クラスの人っているわけ?」
本郷「まずは南条元忠ね。彼の父は元続といって、鳥取県の倉吉あたりにある羽衣石(うえし)城の城主。中国地方の覇者・毛利家と新興の織田家、どちらにつくか悩んで織田家を選択した。それで、毛利勢に攻められて城を奪われたこともあったけれど、しぶとく生き抜いて、ついに豊臣秀吉のもとで羽衣石城と6万石くらいの領地を得たんだ」
「一度織田に賭けたら、初志貫徹して生き残ったのね。めでたし、めでたしじゃない」
本郷「うん。そこまではね。ところが子どもの元忠の代になって、つまづいた。関ケ原で西軍について、所領を没収されたんだな。それで浪人生活の末、大坂城に入城した」
「石高はぐんと減っても、幕府の旗本になるとか、どこかの大名の上級家臣になる、って道だってあったでしょうにね。やっぱり羽衣石城に戻りたかったのね」
本郷「だろうなー。気持ちは分かるよね。それで、その気持ちにつけ込んだのが家康でね、大坂城内の元忠に対し、『返り忠をせよ(つまり、大坂方を裏ぎれ)。さすれば伯耆国をやろう』と持ちかけた。元忠はこれに乗ったんだな。でも、大坂方だってバカじゃないから企みはすぐに露見し、切腹を命じられた」
「切腹はいつの話? 冬の陣はもう始まっていたの?」
本郷「切腹は冬の陣の終盤の慶長20(1615)年12月3日。この日に徳川・豊臣の和睦交渉が始まって20日に停戦と和睦が成立している。ということは、家康はかりそめの和睦に向けて、精度の高い豊臣方の情報が欲しかったのかもね。褒美は伯耆国、というのは見返りが大きすぎて信じがたいけれど、羽衣石城を返してやろう、くらいの約束はあってもおかしくない」
「なるほどねー。だけど、それは、オランダの史料が言うような夏の陣のときの話ではないわけね」
本郷「うん、そうだね。あとね、七手組の組頭、青木一重、伊東長実という人も怪しい」
「うん?その人たちは知らないわね」
本郷「あっはっは。さすがのあなたも知らないか。一重の経歴は面白いよー。彼はもともと美濃の武士で、だけど一族から離れ、今川氏真に仕えた。それから家康が今川氏を圧倒し始めると、家康に仕えた。姉川の戦いでは家康の家臣として奮戦している。朝倉家の真柄十郎左衛門(直隆)を討ち取ったのは彼だ、という話がある」
「真柄は、豪刀『太郎太刀』をふり回していた朝倉家随一の勇士ね。彼を討ち取ったの?」
本郷「『信長公記』にはそうあるね。それで、そんなにがんばっていたのに、なぜだか徳川家を出奔し、丹羽長秀に仕えたんだ。山崎の戦い、賤ヶ岳の戦いなどは丹羽家中として参加。それで、長秀が亡くなると秀吉に仕えて1万石を与えられた」
「大名として取り立てられたワケね。秀吉にも彼の名は聞こえていたのね」
本郷「そうだね。だけど、秀吉が死ぬまで、十年以上にわたって加増はなしだから、秀吉は実は、彼を買ってなかったのかもしれないな」
「そうか、わりと秀吉って、シビアな面があるものね。長年仕えてくれてご苦労さん、みたいな、年功序列的な加増はしないっていうか」
本郷「そう。それで秀吉が没すると秀賴に仕えて、七手組の組頭の一人になったんだけれど、彼が大坂城で戦ったのは冬の陣までらしい。冬の陣のあとに城を出て、剃髪して隠棲した。すると、家康はこれを召し出して、摂津・麻田藩の藩主として取り立てた。1万2000石。青木家はこのあと、幕末まで続いていくんだ」
「あ。この人ももしかしたら、徳川方のスパイかしら? もともと徳川家にいたんだし、秀吉にさほどの厚遇を受けていないし。ぴったりね」
本郷「そうかもしれないなー。ただし、オランダ史料がいう、夏の陣での裏切りではないんだね。豊臣家の家臣の大名、というところには合致するんだけれど」
「なるほどねー。じゃあ、もう一人の伊東長実という人も同じような感じなの?」
本郷「そうだね。長実は尾張の武士で、もともとが秀吉の配下なんだ。羽柴時代の秀吉四天王の一人、神子田正治の娘を妻にしている」
「あ、おぼえてる。神子田って、この前に発見された脇坂家の文書にも、秀吉が『神子田は追放した。かくまったヤツは同罪だ。おれは信長様のように甘くないぞ』って言及していた人ね。将来を期待されていたのに、失脚しちゃったんだ」
本郷「そのとおり。まあ、その事件がどれくらい関係しているか分からないけれど、長実の出世は遅かった。小田原攻めの時に山中城攻めに参加し、一番乗りの功を挙げ、備中・岡田1万3000石を得たんだ」
「あら? 山中城攻めの一番乗りは『槍の勘兵衛』こと渡辺勘兵衛じゃなかったっけ?」
本郷「ぎく!? うん、そうもいうね。まあ、両説あるんじゃないの、あはは・・・。まあ、その後の長実は一重と同じように七手組の組頭になり、大坂落城に当たっても命を長らえ、本領を安堵された。備中・岡田藩は幕末まで続いていくんだ」
「彼は冬の陣の後に城を出たの? それとも、落城の時も城内にいたの?」
本郷「よく分からない。でも、落城のどさくさに巻き込まれると死ぬ確率は高いから、夏の陣の時は城内にいなかったのかもね。彼もやっぱり、スパイ疑惑をかけられても仕方ないわけだな」
「それで、豊臣を裏切った大名、というのには当てはまるかもしれないけれど、夏の陣に際して殺されたわけではない、と。なるほどねー。なかなかばっちり当てはまる事例が探せないわけねー」
本郷「でも、せっかくの史料だから、その記述を生かすべく、これからも注意してみるようにしよう」

 

 

 

スポンサーリンク

【編集部より】

ついに始まった大河ドラマ『真田丸』。
幸村(信繁)について学びたい方へ最適の一冊、その中身を一部公開していただきました。

真田丸の幸村、そのリアルに迫る 本郷和人『なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか』(幻冬舎)を一部公開!
本郷和人なぜ幸村は家康より日本人に愛されるのか表紙

スポンサーリンク

幻冬舎さんから発売で、Kindle版もありますよー♪

 

 





1位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


2位 わろてんか主人公
吉本せい波乱の一生


3位 西郷隆盛49年の生涯!


4位 史実の真田幸村とは?


5位 最上義光 名将の証明


6位 ホントは熱い!徳川家康


7位 意外と優しい!? 織田信長さん


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?


注目 わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか毎日のあらすじ感想レビューは……

-本郷和人歴史キュレーション, 大坂の陣

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.