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【生類憐れみの令】
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特権を剥奪されたと考える人々
では、なぜ、生類憐れみの令は、稀代の悪法のように伝えられてきたのか。
実はこの法令に対し、不満を持つ人々がおりました。
最たる者たちが、武士階級です。
鷹狩や犬追物のようなブラッド・スポーツ(動物虐待を伴うスポーツ)の禁止令は、彼らにとって受け入れがたいものでした。
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現代でもブラッド・スポーツというのは、伝統と動物愛護の狭間で難しい選択を迫られるものです。
スペインの闘牛や、イギリスのキツネ狩りも、論争の的となりました。
キツネ狩りはそもそも、貴族の特権的娯楽です。彼らの財産である広大な領地、持ち馬、使用人、猟犬を利用して行う、選ばれた者だけの娯楽であります。
馬で駆け回るため、軍事訓練の意味もありました。
そこで英国では、キツネを保護するため、貴族の特権を剥奪してよいのか、と反対意見が出たのです。
動物愛護に階級闘争も絡み、複雑な様相を呈しています。
動物愛護か? 特権か?
「生類憐れみの令」について考えるとき、この、現代イギリスにおけるキツネ狩り論争が参考になるかもしれません。
武士にとって、犬追者や鷹狩といったブラッド・スポーツは、ただの娯楽ではなく、戦闘訓練という意味合いがあり、彼らに与えられた特権でもありました。
戦国時代は遠い昔のことであっても、戦闘と流血こそが武士の本分。
他の階級との差別化をはかるためにも、時に残虐な動物殺傷が必要と見なされました。
武士にとってブラッド・スポーツの禁止とは、すなわち特権の剥奪であり、アイデンティテイクライシスを招くものだったのです。
現代のイギリス貴族がキツネ狩り禁止を「権利の侵害だ!」と嘆くように、当時の武士も不満を抱きました。
人々は犬に残飯を与えなくなった
かくして武家のプライドを刺激してしまった生類憐れみの令。
当然ながら反発が出ますし、いざ運用を始めても様々な問題が噴出してきます。
たとえば「犬を殺せば死刑」という極刑。このために野良犬への餌やりが減りました。なぜなら……
野良犬に餌をあげて懐かれてしまうと、その犬が飼い犬とみなされる可能性が出てきます。
そこで世話を続けなければ、飼い主としての義務を怠ったとして、処罰の対象になってしまう。ならばできるだけ距離をとった方がよい――そんな流れです。
生類憐れみの令の以前、人々はたびたび犬に残飯を与えていました。
しかし皮肉なことに、法令が発布されて以来、こうした行為がピタリと止まってまいます。
犬を見かけても素知らぬ顔をしなければ、下手すれば自分が処罰されてしまうのですから当然でしょう。
一方で、犬の増加も深刻な問題でした。
現在と違って去勢や避妊が広まっていないため、繁殖スピードはおそるべきものがあります。以前は子犬のうちに始末していましたが、これができなくなってしまったのですから増えてばかりです。
野良犬はやがて「犬小屋=犬の収容所」に入れられるようになります。
この犬小屋費用の負担が、武士に対して発生したばかりではなく、犬を捕縛する任務も彼らに回ってきました。
町人たちが呆気にとられるその前で、お侍さんたちが犬を追い回すのですから。
ご丁寧に「犬を捕縛する武士を笑わないように」という命令まで発せられるほどです。
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