ペット保険を手がけるアニコム損保さんによると、「2021年犬の名前ランキング」の上位は以下の通りです(参照)。
1. ムギ
2. ココ
3. ソラ
4. モカ
ちなみに「2017」とほとんど同じ(参照)。
1. ココ
2. ソラ
3. マロン
4.チョコ
なんだか想像するだけでも可愛らしい名前が並んでいますよね~。
あくまでイメージですが、トイプードル、ヨークシャテリア、チワワあたりに付けられそうな感じと申しましょうか。
お菓子のように可愛らしく、夢のある名前をつけたい――飼い主のそんな温かい気持ちを感じます。
これが昭和になりますと、「クロ」とか「シロ」、あるいは「ブチ」といった毛色由来の名前が多かったように感じるのですが、他には映像作品などにも影響されたりするようで。
漫画・ドラマ『動物のお医者さん』のチョビとか、映画『南極物語』のタロとジロとか、大ヒット作品に関連して名付けられる現象はよくみられました。
さらに時代を遡ってみます。
毛色や模様からの由来ですと、白虎隊士・酒井峰治の愛犬「クマ」がいます。
おそらく熊のように黒かったのでしょう。
-
白虎隊の生き残り酒井峰治が『戊辰戦争実歴談』に残した生々しい記録
続きを見る
『南総里見八犬伝』の犬は「八房」。
模様が八カ所あるわけです。
毛色ではなくどういう理由で付けられたのかわからないのが、『枕草子』に出てくる「翁丸」。
北条高時は「雲竜」ですから、なんだかお相撲さんのようでもあり、立派な体格の犬をイメージしますなぁ。
-
鎌倉幕府の滅亡!北条高時の最期は「腹切りやぐら」で一族ほぼ自害
続きを見る
幕末維新期の犬好きで有名な方と言えば西郷隆盛であり、その愛犬は「ツン」でした。
-
西郷隆盛 史実の人物像に迫る~誕生から西南戦争まで49年の生涯
続きを見る
さて、ランキングに全く登場しないものの、「犬といえばコレ!」という典型的な名前があります。
それは、ポチ――。
メディアでも度々登場しております。
さて、この「ポチ」ですが、起源をご存知でしょうか?
というか「起源があったのをご存知でしょうか?」とお尋ねしたほうが良さそうですね。
ランキングに登場しないのに典型的
結論から申します。
ポチの起源は明治時代。
多くの外国人がやってくることによって生まれました。
まず、背景に、こんなエピソードがあります。
幕末から明治にかけて、来日した外国人は愛犬にこう呼びかけておりました。
「カモン、ジョン!」
「カムヒア、ジャック!」
このときの「カモン」とか「カムヒア」の発音が、日本人には「カメ」と聞こえてしまった。
そして『そうか、西洋じゃ、犬のことを「カメ」と呼ぶのか』という誤解が生じ、今度は洋犬を「カメ」と呼ぶという、ちょっと奇妙な状態になったわけです。
-
ドラマ『大奥』で綱吉が抱いていた愛玩犬「狆」は奈良時代からいた?
続きを見る
同時に問題になったのが、そんな洋犬「カメ」たちにふさわしい個々の名前です。
それまで犬の名前と言えば、【トラ、クマ、ムク、クロ、シロ】といった名前がほとんど。一目で特徴のわかる名前が好まれておりました。
仮に共同体で飼育する場合、都合がいいということもありましょう。
「クロはどこに行った?」と聞かれたら、とりあえず黒い犬なんだな、とわかりますからね。
では洋犬「カメ」はどうするか?
というと西洋風の名前にしようということで、ジャック、ジャッキー、ジョンといった名前が増えてきます。
その中の一つに「ポチ」もあったのですね。
当時は、これが西洋っぽい、お洒落ネームだったのですね。外来語のフシギです。
「ポチ」の語源は謎が多い
ここで疑問が湧くかと思います。
なぜに「ポチ」は西洋っぽい名前とされたのでしょうか?
明治時代ではありませんが、アメリカン・ケンネル・クラブ2015年の、人気名調査をみてみましょう(参照)。
オス
1. タッカー
2. ベア
3. デューク
4. トビー
5. ロッキー
メス
1. ベイリー
2. クロエ
3. ソフィー
4. マギー
5. セイディ
ポチに通じそうな「P」で始まる英語圏犬の人気名は「ピーナッツ」や「プリンス」だそうです。
「ポチ」にはかすりもしません。
ただし、英語圏では「ポチ」と同じく、典型的な犬の名前として「スポット」、「スポッティ」があります。ぶち、まだら模様の犬という意味です。
「スポット」や「スポッティ」を実際にクチに出して発音してみてください。
このあたりまでいくと、少し近づいて来た気がしませんか? どちらかと言うとスポッティがより近いですかね。
こうした状況を踏まえた上で、諸説ある「ポチ」の語源を5つ確認してみたいと思います。
1. 日本語由来説(「ポチ袋」等の「ポチ」から小さくて可愛らしいという意味)
2. 英語圏の犬の名前「スポット」が由来
3. フランス語の「プチ(小さくて可愛らしい)」が由来
4. チェコ語、ロシア語が由来
5. 日本人がブチ犬を「ブチ!」と呼んでいるのを、横浜駐留の外国人が「Patch(ブチ)」と呼んでいるのだと思った。ブチ→Patch→ポチという変化
どれをとってもナルホド、と思わされます。
「これぞ!」という結論には至れず申し訳ありません。
ただ明治時代からというのは間違いなく、かくして「ポチ」は日本の犬の名前として普及してゆくのです。
そして明治以降の小学校では、愛唱歌や教科書に「犬はポチ、猫はタマ」と登場しており、いつの間にか典型的な名前として認知されました。
今ではすっかり古典的な名前となった「ポチ」。
そこには犬好きの人たちの確かな思いが詰まっていたんですね。
あわせて読みたい関連記事
-
人に代わって旅だと?犬のお伊勢参りが江戸時代に意外と流行ってた
続きを見る
-
白虎隊の生き残り酒井峰治が『戊辰戦争実歴談』に残した生々しい記録
続きを見る
-
鎌倉幕府の滅亡!北条高時の最期は「腹切りやぐら」で一族ほぼ自害
続きを見る
-
西郷隆盛 史実の人物像に迫る~誕生から西南戦争まで49年の生涯
続きを見る
-
ドラマ『大奥』で綱吉が抱いていた愛玩犬「狆」は奈良時代からいた?
続きを見る
文:小檜山青
【参考文献】
仁科邦男『犬たちの明治維新 ポチの誕生』(→amazon)