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【トンボ(秋津虫)と日本人】
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トンボの鉛筆も日本史からうまれた
大正2年に創業した「小川春之助商店」は、自社で製造していた鉛筆の内、一番人気の高かったトンボマークの鉛筆から、後に社名を「トンボ鉛筆」と変更しています。
これが現在、世界的に有名な文具メーカー「Tombow(→amazon)」です。
トンボが国の雅名である「秋津」を冠した虫であることや、戦国期の勝ち虫、トンボの伝承が、社名を「トンボ」とするに当たって重要な決め手となったとの事。
日本人にとって、トンボはやはり特別な虫だったようですね。
ところが西洋では悪魔の虫扱い
ちなみに、このような日本の伝承や逸話とは対照的に、西洋ではトンボは英語の「dragonfly」の名に代表されるように、悪魔の虫、地獄からの遣いとして忌み嫌われる生き物だったようです。
「トンボは尾に針がある」
「子供が嘘をつくと針で唇を縫ってしまう」
「耳を縫いつけられる」
「剃刀のような羽で切り裂かれる」
等々、西洋のトンボにまつわる伝承は、日本人的には「それトンボ違う」と主張したくなるような怖い話で満ちています。
なんでそこまで……。
そう思わずにはいられませんが、彼らからすると、二足歩行で笠を被り、腰にどぶろくを下げたタヌキも「それ、タヌキ違う」そうなので、おあいこなのだと言うことです。
さて現代。
とうとう「秋津島」は地球を飛び出し、火星と木星の間に広がる小惑星帯の中の小さな星の名前にもなりました。
漫画「幻獣の國物語(→amazon)」やライトノベル「ニーナとうさぎと魔法の戦車(→amazon)」など、サブカルチャーの世界においてもよく使われるようになった「秋津」は、日本の古く美しい呼び名として、再び世間に周知されるようになっています。
秋の夕暮れにトンボがいない
秋津虫=トンボは、これからも日本を象徴する虫として愛されていくでしょう……と終わらせたい所ですが、さて、ここで今回の主題である本物のトンボに話を戻したいと思います。
トンボ、最近見かけましたか?
今から二~三十年程昔、田舎の秋の夕暮れ時には、決まって空を埋め尽くす程のトンボの飛翔が見られたものでした。
これを「黄昏飛翔」と言って、トンボが日暮れ時に群で飛び回ることを指すそうなのですが、彼らのこのような姿を見ることができなくなったのは、一体いつの頃からなのか。
もちろん、今でもトンボの群れを見ることができる地域はあります。
しかし、全国的にその地域は少なくなってきており、生息地とされている場所でも、「黄昏飛翔」とはとても呼べないレベルの小さな群れが細々と生き残っているに過ぎなかったり、トンボの生息域は年を追うごとに狭まってきているのが現状のようです。
トンボを専門に研究している方のお話だと、種の中には1000分の1にまで個体数を減らしたケースもあるそうです。
主な原因は温暖化や水辺の減少など。
暑さに弱く、夏の間は高地や涼しい森の中などで過ごす個体の多い日本のトンボにとって、近年の地球温暖化は本当にシャレにならない出来事のようです。
では、トンボが減ると、我々人間にはどんな影響があるでしょう。
西洋の伝承と違い、実際のトンボは人を刺したりしませんし、だからと言って特に有益な事をしてくれる訳でもないような気がしますか?
ここでヒント。
トンボは30分の間に自分の体重と同じ重さの餌を補食する事ができます。
スズメバチやデング熱対策だった?
かつて、秋の頃には毎日のように黄昏飛翔を繰り返していたトンボの群れは、ほんの一~二時間の飛翔の間でも、膨大な量の蚊や虻、蛾、小さな羽虫などを飛行しては捕食し、多くの虫達の捕食者として君臨していました。
その強さは比類なく、筆者はこの夏、オニヤンマがアシナガバチを補食しているのを見付けて
【オニヤンマ>アシナガバチ!】
と一人フィーバーしていました。
しかし彼らの本当の強さはこんなものではありません。
あの世界最大最強の蜂、オオスズメバチとも毎年のように食った食われたの戦いを繰り広げているそうです。
※以下Youtubeにオニヤンマによるスズメバチ捕食シーンです(閲覧注意)
昆虫界に限らず、捕食者が減ると当然起こる現象があります。
そう、食べられる者、被食者の増加です。
被食者が増加するとどうなるか。被食者のさらに下位にいる生物が食べられて激減します。
日本各地で農作物に対する甚大な被害を出しているシカ、サル、イノシシなどの害が有名ですね。
しかし、これは哺乳類における捕食-被食関係です。
この生態系のバランスの崩壊が昆虫の世界にも起こっているとすれば、一体どんな問題が起こっているのでしょうか。
なんだか嫌な予感がしますが思い出してみましょう。
トンボのごはんって、なんでしたっけ……そう、確か「蚊や虻、蛾、小さな羽虫、アシナガバチや時にはオオスズメバチ」です。
これが増える。
ぎゃあああああああああ。
日本中、特に水辺が少なく、涼しい木陰や草原に乏しい都会は、暑さが苦手な個体が多く、繁殖に広いフィールドを必要とするトンボにとってはまさに鬼門。
代わって街中で勢力を伸ばしてきているのが蚊や蠅といった小さな虫達です。
トンボにとっては種の存続に関わるレベルの地球温暖化も、彼らにとっては生息域を広げる絶好のチャンス。
空き缶やバイクのシートなどに溜まった雨水などでも簡単に孵化し、短期間で成虫になる事ができます。
このようにトンボと蚊の生息域が大幅にずれたことによって、ボウフラにはヤゴが、蚊にはトンボが補食者となってバランスを保っていた昆虫界の生態系が崩れ、トンボが激減→蚊が大繁殖した結果、昨今の「庭や公園にいるとすかさず蚊に食われる」現象に通じているようです。
言われてみると、最近はちょっとした植え込みなんかにも蚊がいますよね。
夏は、ヒトスジシマカなどが媒介するデング熱の感染報道や、神経系に作用する強い毒を持つセアカゴケグモ、日本国内で死亡者が急増しているSFTSウィルスを媒介するマダニなど、世間は人間にとってあまり有り難くない虫のニュースが賑わうようになりました。
しかし、もし日本の各地で今でも普通にトンボの黄昏飛翔が見られるような環境があったならば、これらの人間にとっては危険な、しかしとても小さな生き物が、これほどまでに人々の耳目を騒がせる事はなかったかも知れません。
トンボは秋津虫、日本を象徴する虫だと述べましたが、彼らがこの島において果たしてきた役割は、単に日本の象徴的な虫であるという以上に重要なものでした。
彼らが自由に飛び回り、つがいを見つけて産卵できる場所が増える事、それが激減したトンボを現代に呼び戻す方法であるとされています。
日本の雅名、古く美しい「秋津」の名を冠したトンボがもう一度日本の空に戻ってくること。
豊かな秋の島の秋の空に、日本の原風景、彼らの黄昏飛翔が再び復活することを願ってやみません。
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鈴木晶・記
※当サイト執筆陣の一人・恵美嘉樹さんの著書に『アキツシマの夢』があります。日本史とトンボがつながる深い意味があるんですね。
恵美嘉樹『日本古代史紀行 アキツシマの夢』(→amazon)